石田快斗の話 その2

 俺たちは雑木林の出口に着いたところで立ち止まった。


 「あ…あれだよな」


 「間違いないな…なんて言うか、すげえな」


 「やっぱ実物はまた、気持ち悪いな。異様な形してるよ」


 そこには、噂の元となっていた柏の木が異様な存在感を放ちながら据えられていた。


 左右に大きく成長し、枝や葉は地面につかんばかりに垂れ下がっている。


 「こ、この周り、なんで何も無いのかしら」


 「そう言われてみるとそうだよな…急に草も木も生えてない」


 その空間は、山の斜面に土や岩が剥き出しになっていた。坂口が言った通り、柏の木以外、何もないのだ。


 まるで、柏の木を中心として、この一帯の草木が全て枯れて死んでしまったような、そんな印象さえ受けた。


 「なんか、あの話の呪いってのも納得だよな。いや、ほんとかどうかは置いといて、この景色見たらやっぱ普通じゃないって思うだろ」


 「なんか分かる気がする。呪いなんてさ、所詮嘘だって思ってたけど。きっとこの景色、雰囲気、木の謂れ、そんなものがこの話を作り出した、そんな気がするわ」


 「じゃ、この呪いなんて、嘘だって言うのか?」

 俺たちは柏の木に近づきながら話を続ける。


 「多分ね。大体さ、私たち地元なのに、そんな話聞いたことある?●●市の歴史なら小学校の時習わなかった?●●村も少し出て来た気がするの」


 「ああ、確かにそうだな。確か、戦後、近代になってからだよな。元々枯れた土地で農業には向かないし、中心地からは遠いしで、集団で移転したとか」


 「野本、お前のばあちゃんこの辺の生まれだったよな。なんか知ってるんじゃねえの?」


 「ああ、言われてみればそんな話聞いたことあるわ。確か、この辺凄え入り組んでいて、農地整理で、水路を引くのも難しいとこだったんだよ。


 だからさ、この土地に住み続けるのも難しかったとかで。それに、隣の村は水路が整備されて、まだまだ開拓出来る土地があったんだよ。それで、うちのばあちゃんはそっちに移ったって」


 「なんだ、じゃあ、やっぱり飢餓とか厄災で死に絶えちまったなんて嘘だったんだ」


 「まあ、祠はあった訳だし、何か噂の元になった出来事はあったんでしょうけどね。とにかく、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかしら?特に沢村くんは怖がってるみたいだし。ははは」


 「お、お前そんなことねえよ」


 「なんだよ沢村、やっぱビビってたんじゃねえか」


 「び、ビビってねえよ」


 「んじゃ、折角だからこの枝折って持って帰ろうぜ」


 「あはは、それ最高」


 「あの掲示板の人はビビってそこまでやんなかったからな、俺たちはやってやろうぜ」


 「でも誰がやるんだよ」


 「もちろん俺が枝を折る」

 野本が迷わず言った。


 「誰が持って帰るんだよ。一番それが危ないんだろ」

 俺が言った。


 「なんだよお前、さっきの話聞いて無かったのかよ。所詮は噂だろ」


 「まあそうだけどよ」


 「俺が持って帰るよ」

 沢村が言った。


 「え、お前マジかよ。ビビってたんじゃなかったのかよ」


 「だから、ビビってねえっての。訳わかんないことには首突っ込まないタイプなの。でもまあここまで来たんだし、折角だから土産話程度にはなるだろ」


 「あは、沢村くんイケてるじゃん」


 「今頃気づいたのかよ」

 そこまで話すと、野本が地面に刺さりそうなほど伸びている枝に手を伸ばす。


 「んじゃいくぞ」

 他の三人はそれを見守る。


 その時。

 

 ──リン。

 

 何かが聞こえた気がした。


 気のせいか?野本も沢村も坂口も、皆気づいていないようだ。風が吹き、木の葉が擦れる音がする。鳥達が飛び立つ音がする。


 気のせいだったか。さっきの話を聞いて俺もビビってたんだな、そう思うことにした。

 

 「せーの、んっ…」

 

 ボキッ

 

 枝は簡単に折れた。筋肉質な野本にとってはなんて事はない作業だった。


 「ああ、折っちゃったな」


 「でも何にも起きないぜ。本当だったらその女も怒鳴り散らして出てくるんじゃねえかな」


 「お前それどんな幽霊だよ。ははは」


 「よし、じゃあこの枝は俺が貰ってくよ」

 そう言うと、沢村は持っていたカバンを開け、枝を無理やり仕舞い込んだ。


 「おいおい、もっと丁寧に扱わなくていいのかよ」

 俺が思わず聞いた。


 「気にしすぎだろ、適当でいいんだよ」


 「あーあ、なんかやってみたら呆気ないよな。まあ面白い経験できたよ」


 「ねえねえ、沢村くん、何か変わったことあったら教えてよね」


 「ああ、もちろんだよ」


***


 時刻は既に日が変わろうとしていた。俺たちは充分満足したこともあり、解散することにした。


 帰りの車の中では、昔の思い出話に花を咲かせたりなんかしながら各自の家に送り届けていった。

 

 先に家の近い坂口と沢村を下ろし、野本と二人は翌日も特に予定もなく暇だったこともあり、軽く話しながらドライブすることにした。

 

 「沢村、意外だったよなあ。あいつにあんな度胸あったとはね。見直したよ」

 

 「んだよな、あいつさあ、結構人のことバカにする癖に、自分では何もやんない奴だって思ったんだけど。マジで意外だよ」

 

 「ははは、お前沢村のこと嫌いだったもんなぁ。別に仲悪いって訳じゃないだろ?不思議な仲だよなぁ」

 

 「別に本当に嫌ってる訳じゃないさ。ウマが合わないだけだろ」

 

 「そっかぁ。まあ、俺も沢村からは嫌われてるからなぁ、人のことは言えないけどさ」

 

 そんな話をしてた途中、野本がスマホを見て何かに気づいたようだった。


 「あ、ヤバッ、ごめん俺先輩から連絡きてたの無視してたわ。

 あちゃー、今駅で呑んでるんだってよ、やっべ、ごめんそこで降ろしてよ」


 「今からかよ、お前も大変だよな」


 「しゃあねえよ、田舎で暮らしていくならさ、付き合いは大事にしないとな」


 そう言っていそいそと車を降りていった。


 一人、実家に向かって車を走らせていく。


 その時。

 

 リン……

 

 はっきりと聞こえた。

 

 あの柏の木で聞いた音だ。やっぱり気のせいではなかったんだ。


 でもなんで俺なんだ。


 枝を折ったのは野本、その枝は沢村が持っているんだ。

 

 リン……

 

 再び鈴の音が聞こえる。間違いない、車の中からだ。室内が異様に寒い。

 

 ドン、ドンッ

 

 どこからか車を叩かれている。

 

 リン…リン……リン…リン…

 

 ヤバい、尋常じゃないぞこれ。俺は路肩に車を停めて車を降りた。とにかくここを離れないと。


 その瞬間、俺は背後から来た車に跳ねられて、宙を舞っていた。

 

 ドン…!

 

 石田快斗は頭から落下し、そのまま命を落としたのだった。

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