第3話 虫と違う景色

さらに数日が過ぎ、幸壱こういちの誕生日の前日である8月7日。


幸壱と登華とうかの2人は旅館コテージがある天界山てんかいざんに向かって車を走らせていた。


「いや~ぁ。車での遠出は久しぶりだねぇ。」


そうポッティーと言うチョコがぬられた棒状のクッキーのお菓子を食べながら登華はテンションの高い声で幸壱に話しかける。


「遠出って言っても隣町だけどな。」


そう幸壱は答える。


「でも、場所的に3時間ぐらいかかるでしょ?」


「まぁな。」


「だったら、気分は遠足だよ。遠足。」


そう登華は小学生の様にはしゃぐ。


「楽しんでるなら、何よりでございますよ。」


「楽しいよぉ。幸壱君と一緒なら何でも楽しい。」


そうドストレートに言われて幸壱は少し恥ずかしくなる。


「あれ?幸壱君、テレてる?」


「バーロー。テレてねぇよ。」


「本当に~?」


「本当だよ。」


そう2人は車内でも楽しく喋りながら目的地である天界山に向かう。



2人が天界山に着いたのは家を出てから約3時間半後の朝の10時を少し回ったころだった。


駐車場に車をめて2人は登山とざん受付所うけつけじょに向かう。


「はい。1泊で2名様ですね。

車で来られましたか?」


そう受付のお姉さんが尋ねる。


「はい。」


そう幸壱が答える。


「でしたら、こちらにナンバーの記入をお願いします。」


そう言ってお姉さんは紙を幸壱に渡す。


その紙に幸壱は自分の車のナンバーを記入する。


「はい。ありがとうございます。

では、こちらが登山とざん許可証きょかしょうのシールです。リュックなどの見えやすい場所に貼ってください。」


そう言ってお姉さんは2枚のシールを幸壱に渡す。


「ありがとうございます。」


そうお礼を言って幸壱はシールを受け取ると1枚を自分のリュックに貼る。


そしてもう1枚を登華に渡す。


「受付ありがとう。」


そうお礼を言いながら登華はシールを受け取ると自分のリュックに貼る。


「では、行きますか。」


そう明るく元気な声で言うと登華は先導して山を登り始める。



1時間ほど登った場所にあったベンチに座って2人は休憩していた。


「どう?初めてのレベル3の山は。」


そう登華は自分の横に座ってお茶を飲んでいる幸壱に尋ねる。


「ん?そうだなぁ。思ったよりは大変じゃないよ。暑い日差しも当たらないし。」


そう幸壱が答えた瞬間。1匹の小さな虫が幸壱の腕にとまる。


「うぎゃぁぁぁ!!」


そう叫びながら大きく驚いた幸壱はベンチから落ちる。


「だ、大丈夫?幸壱君?!」


そう登華が倒れている幸壱に目線を向ける。


(そ、そうか。山の中は日差しからは守ってくれるけど、虫からは守ってくれない。それどころか、むしろ町よりも多い。)


そう幸壱は重大な事実に気づくのであった。


(あぁ~。凄く家に帰りたい。)


そう幸壱の心を弱気な気持ちが包みこむ。



それから約2時間ほどかけて幸壱達は天界山の頂上にたどり着く。


「うおぉぉ。最高に気持ちのいい風だ~ぁ。」


そう登華は景色が一望できる場所で両手を広げて風を感じる。


「ほら、幸壱君もこっち来て。」


そう登華が死にそうにベンチに倒れている幸壱に声をかける。


「もういいよ。景色とかいいよ。

早くコテージに入ろう。

外は虫がたくさんいるから。」


そう幸壱は弱々しい声で呟く。


「も~う。しっかりしてよ。

ほら、綺麗な景色と気持ちのいい風を感じたら、虫なんてどうでもよくなるわよ。」


そう言いながら登華は幸壱の腕を引っ張る。


無気力に引っ張られる幸壱の身体に気持ちのいい風が当たる。


その風に幸壱は顔を上げると

綺麗な緑の世界が目の前に広がっていた。


「…緑の世界は上竜山じょうりゅうさんでも見たけど…山が違うだけで同じ緑の世界でも全然違うんだな。」


そう幸壱は驚く。


「そうだよ。同じ景色の山なんて1つも存在しないんだから。

人間と同じようにね。」


そう登華が明るく微笑む。


登華の微笑みにつられて、幸壱の口元にも笑みが浮かぶ。


そんな幸壱の目の前に1匹の虫が飛んでくる。


「うぎゃぁぁぁ!!」


そう大きな声で叫んで幸壱は大きく倒れる。

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