第51話 妾腹の子
「アンジェラ皇女殿下! 私は先代の国王だった父と王妃だった母の息子。正統な嫡出の王族です!」
「……それが何か?」
急に自己紹介を始めたナタンに、アンジェラは困惑した顔を向けた。
「リオネルは違います! こいつの母親は卑しいメイドだったのです!」
ナタンはリオネルを指さした。リオネルの母は離宮で働いていたメイドで、先代国王を誘惑したのだ──と声高に告げる。
「一国の王を
ナタンは軽蔑をあらわにしたが、女遊びの激しかった先代国王を覚えているアンジェラとしてはリオネルの母に同情してしまう。
ナタンは得意げに鼻をふくらませて、暴露を重ねた。
「そんな淫乱な女の血を引くリオネルも多情な浮気者に決まっています! 必ずやあなたを裏切り、傷つけることでしょう! 私はあなたが悲しむ姿を見たくはないのです……!」
多情な浮気者は先代王妃がいたのに他の女に手を出し続けた国王だし、ナタンだってオルタンスという妻がいるのにアンジェラを口説こうとしているのだから似たようなものだ──とアンジェラは白けた気持ちになる。
「皇女殿下はご存知なかったでしょう? 不義の子というリオネルの出自を!」
「ええ、初めてお聞きしましたわ」
「そうでしょう! あなたには隠していたようですが、こいつは卑しい妾腹の──」
「嬉しいわ」
「……嬉しい?」
あっけに取られたナタンに向かって、アンジェラは「だって私と同じですもの」とにこやかに喜んだ。
「私も妾腹の子です。私の生みの母は侍女でした。もちろんご存知でしょう? 王妃様からも言われたばかりですもの、私は兄妹で一人だけ婚外子として生まれたと」
「オ、オルタンスが!? そんな無礼なことを?!」
妻が皇女と接触していたことを知らなかったナタンは、泡を吹きそうなほどうろたえた。
どうやらナタンはアンジェラを皇后の子だと思っていたらしい。
ナタンの情報網が貧弱なのか。それともオルタンスが諜報に長けているのだろうか。
「私も不義の子ですが、ジョゼフィーヌお母様は私を本当の娘のように愛情を注いで育ててくれました。お兄様たちも私をとても可愛がってくれましたの」
アンジェラは祖国の家族を思い出しながら語り、澄んだまなざしでナタンを見上げた。
「ナタン様もそうでしょう?」
「へ?」
「お母様が血のつながらない私を大切にしてくださったように、先代の王妃様はリオネル様を大切になさったのでしょう? お兄様たちが異母妹の私を優しく慈しんでくださったように、ナタン様は異母弟のリオネル様を優しく慈しまれたのでしょう?」
「そ……それは……」
ナタンはしどろもどろで後ずさりながら、視線を宙にさまよわせた。
ナタンの母である先代王妃は、父の浮気に非常に厳しかった。
不貞の子を大切にするなどとんでもない。姦通が発覚すれば、母は相手の女も子供も容赦なく消そうとした。
リオネルは悪運の強いことに生き残ったが、人知れず葬られた異母弟妹たちがどれだけいたことか、正確な人数はナタンも知らない。
「う……うぅ……」
答えに窮してナタンが黙り込むと、アンジェラは可憐に相好を崩した。
「それにお母様はおっしゃいましたの。私の生みの母に非があるなど思ったことはないって。侍女の立場で皇帝に逆らえるはずがないのだから、って……」
あたかも天使が地上に降臨したかと錯覚するような、天真爛漫な笑顔だった。
「でしたら、メイドの立場でも国王に逆らえるはずがないのでしょうね」
「そ……そうですね……」
脂汗を流しながらナタンはうなずく。
アンジェラはナタンに背を向けて、リオネルに手を伸ばした。
「行きましょう、リオネル様」
「はい、皇女殿下」
「ま、待て! リオネル!」
アンジェラの手を取り、先ほど約束した図書棟へ向かおうとしたリオネルを、ナタンは噛みつくように呼び止めた。
「貴様はここに残れ! 話がある!」
「皇女殿下のエスコートの方が大事です」
「黙れ! 国王の命令がきけないのか!?」
リオネルはきっぱりと断ったが、ナタンはしつこく
(ナタン様は子供みたい……。リルとどっちが年上だかわからないわ……)
アンジェラは心の中であきれた。
ナタンは若い頃からねちこい性格だった。無視すれば延々と根に持つし、いつまでも絡まれてより面倒なことになる。
ジュリエットだった頃も何度も
「リオネル様、私は大丈夫です。護衛もいますから心配はいりません」
「ですが……」
アンジェラはリオネルの手をぎゅっとにぎり返してから、ナタンを見すえた。
「国王陛下。私の婚約者を早く解放してくださいね。傷ひとつなく、すぐ私の元へ向かわせてくださるようお願いいたします」
「ふ、ふぁい……!」
あどけないのに凄みを含んだ声に釘を刺されて、ナタンは間の抜けた返事をした。
(……何だ? アンジェラ皇女はまだ十代半ばのはずなのに……まるで倍ほども生きているかのような不思議な迫力がある……!?)
ナタンを言い負かすほどの威圧感といい、年齢に見合わないたたずまいといい、皇女はうら若い十代の少女とは思えない風格があった。
皇室の帝王学のなせる業なのか……? と首をかしげつつ、ナタンはアンジェラが護衛に付き添われて図書棟へ向かうのを、茫然と見送ったのだった。
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