第41話 出生の真実
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「アンジェラ。あなたは私の本当の娘ではないのよ」
何を言われているのかわからなくて、アンジェラは茫然とした。
「あなたの本当のお母様の名はアンナというの。アンナは私の侍女だったのよ」
「お母様の侍女……!?」
ジョゼフィーヌは重ねた手をわなわなと震わせた。
「……アンナが陛下の子を妊娠したと知った時、私は怒りに駆られたわ……」
今なお消えない憤りのにじむ声を聞いて、鋭い痛みがアンジェラの胸を刺した。
(……そうよね。お母様がお怒りになるのは当然だわ……)
皇后に仕える侍女が皇帝と通じて子をもうけるなど、皇后にしてみれば許しがたい裏切り。泥棒猫と
亡くなったコライユ王国の前王妃ディアーヌは潔癖な性格で、夫の浮気相手に対しても容赦しないことで知られていた。
国王の不義が露見すれば、相手の女は厳しく処罰される。子供がいればその子ともども抹殺されると。
苛烈な
何よりも正妻としての
「よくも……」
ジョゼフィーヌは怒りにわなないた。
「よくも私の可愛いアンナを!」
(そっち!?)
「まったく何を考えているのかしら陛下は! 私が特別可愛がっていた侍女に手を出すなんて!」
ぷんすか怒っているジョゼフィーヌを唖然と見つめながら、アンジェラはそっと挙手した。
「あ……あの、アンナお母様に対して怒っているのではなく……?」
「当たり前でしょう。侍女の立場で皇帝に逆らえるわけがないのだから」
ジョゼフィーヌは夫を侍女に寝取られたことではなく、侍女を夫に奪われたことに激怒していたのだ。
「アンナが素直で善良な娘であることは、主である私がよく知っています。あの子に非があるなどと思ったこともないわ」
はっきりと言い切るジョゼフィーヌに、張りつめていた緊張が解けていく。アンジェラはやっと呼吸をした。
「……アンナお母様は、今……」
そう問いかけて、自分から答えを紡ぎ出す。
「……亡くなったのですね」
誰にも言えないが、アンジェラには赤ちゃんの頃の記憶がある。
しかしアンナという女性と接した覚えはない。
アンナを可愛がり、素直で善良な娘だと言い切るジョゼフィーヌが、産後間もないアンナを追い出すとは思えない。
おそらくアンナは……アンジェラとふれあう間もなくこの世を去ったのだ。
(そうだわ。あの時……)
思い出すのは、生まれたばかりの頃。
泣き出したアンジェラをジョゼフィーヌが抱き上げてくれた時のことだ。
『危なっかしくて見ていられないわ。母が抱くからあなたたちは見ていなさい』
ふわりと体が浮き、柔らかな胸元に抱き寄せられて、ジョゼフィーヌが着ていた黒色の服が頬に当たった。
『絶対に乱暴にしてはだめよ。そっと優しく抱いてあげるの』
あの時アンジェラはまだ目がよく見えなかった。色の違いが判別できず、世界は白と黒のモノクロに見えていた。
だが、たとえもっと多くの色を識別できていても、あの時の服は黒色だったのだと今ならわかる。
ジョゼフィーヌは喪に服していた。アンジェラを残して亡くなったアンナの喪に。
「……アンナは妊娠中、泣いてばかりいたの。あの子は何も悪くないのに……」
ジョゼフィーヌの目尻に涙が浮かんた。
アンナは皇帝の子を宿してしまったことを、皇后と皇子たちに申し訳ないと泣いて謝っていたそうだ。
子供が生まれても皇族として扱われるのは恐れ多い。子を連れて宮殿を辞したいと願っていたとか。
しかし妊娠中泣いてばかりで体が衰弱していたことが祟ったのか、アンナは分娩の末に力尽きた。
無事に生まれた娘の産声を聞いて涙を流した後、閉じたアンナの瞳は二度と開くことはなかったそうだ。
「……そんな」
アンジェラは言葉を失った。
(……お父様が私を見ようとしないのは、そのせいだったのね……)
父の最愛の女性はジョゼフィーヌだ。皇后としても皇子たちの母としても、深く尊重し信頼している。
それなのに魔がさしてアンナに手を出したことも、アンナが子を残して産褥死してしまったことも後ろめたかったのだろう。
一連の流れをジョゼフィーヌから厳しくたしなめられたことも相当に
アンジェラは皇帝にとって一時の気の迷い、愚かなあやまちの結果なのだ。だからずっとアンジェラから目を背け、無視同然の態度を貫いてきた。
そんな父の行動はせつないけれど、それよりももっと大きな思いがアンジェラの胸をいっぱいに満たしていた。
感謝の思いだ。
血のつながらないアンジェラを大切に育ててくれたジョゼフィーヌに、心からの感謝があふれて止まらない。
「ありがとうございます……お母様……」
これまでずっとアンジェラの名前は三人の兄たちと同じ、天使にまつわる意味なのだと思っていた。
それだけではなかった。
生みの母と──アンナと同じ"AN"で始まる名だったのだ。
顔も知らない母とつながる名前をジョゼフィーヌは与えてくれた。そばにはいなくともアンナは実母で、常にアンジェラと一緒なのだと、そう伝えるかのように。
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