第38話 至宝で天使

 第一皇子ミッシェルがリオネルとアンジェラの間にさっと割って入った。


「……アンジェラ、来たのか」


「ミッシェルお兄様?」


 ミッシェルの端正な顔には不機嫌な色が兆し「アンジェラをこの場に呼びたくなかった」とはっきり書いてある。


 やはり晩餐会の開催を知らせなかったのは故意のようだ。


(お兄様は私をリルに会わせたくないの? なぜ?)


 これまでも国賓を接遇する機会は何度もあったけれど、内密にされたことなどなかったのに。


(どうして今回は私を遠ざけるの?)

 

 アンジェラが不思議に思っていると、ミッシェルは妹を隠すように立ったままリオネルを厳しく睨みつけた。


「……なるほど。いい鍛え方をしている。ロシェル公は相当な手練れのようだ」


「滅相もありません」


 値踏みするような視線にさらされてもリオネルは動じなかった。帝国の皇太子相手にも堂々と答えつつ、謙虚に首を振る。


「謙遜はいらない。一度手合わせ願いたいものだ」


「光栄に存じます」


(あら? ミッシェルお兄様が認めてる?)


 ミッシェルは皇室きっての剣豪だ。リオネルを品定めするはずが、彼の鍛え抜かれた体躯と研ぎ澄まされた覇気を感じ取り、かえって感心したらしい。


 アンジェラはそっとミッシェルの背から顔を出したが、別の人物にすかさず視界を遮られた。


「ロシェル公。一度お話をうかがいたいと思っていました」


 第二皇子ラファエルだ。美麗な顔立ちにはやはり試すような色が宿っている。


「ロシェル公の政策は革新的で興味深いです。特に領内に立ついちを統制する施策が面白いのですが、あれは公ご自身の発案なのでしょうか?」


「恐れ入ります。あれは私の信頼する執事が考えた案でして……」


(あら? ラファエルお兄様と盛り上がってる?)


 ラファエルは皇室きっての知性派だ。リオネルを警戒しつつも、彼の大胆な施策には興味が尽きないらしい。


 リオネルはそつのない落ち着いた態度でミッシェルと筋肉談義を、ラファエルと領地経営の話題をかわしていた。


(今のうちに……)


 どうにかしてリオネルを見たいアンジェラは二人の兄の背後をそっと離れようとしたが、別の人物に行く手を阻まれた。


「ミッシェル兄上、ラファエル兄上。まどろっこしい話はいいよ」


 第三皇子ガブリエルだ。甘い顔立ちには辛辣しんらつなまなざしが浮かんでいる。


「ロシェル公、本題に入ってはいかがですか?」


(本題……?)


 アンジェラは首をかしげてガブリエルを見上げた。

 

「どういうことですか? ガブリエルお兄様」


「ロシェル公の来国理由は、兄であるコライユ国王の再婚のためなんだ。王は王妃と離婚し、アンジェラを新たな妃に迎えたいと望んでいる」


「!?」


 アンジェラは紫の目をいっぱいに見開いた。


(い……嫌!)


 反射的にそう思わずにはいられない。


(だってナタン様は私を処刑したんだもの!)


 ナタンはかつてジュリエットが前王妃を殺したと決めつけ、釈明の機会も与えずに刑を執行した人物だ。


 いくら母を亡くしたばかりで動揺していたとしても、ただの思い込みにさえ近い、短慮で一方的な断罪だった。


 前世の自分を殺した人物と結婚なんてありえない。絶対に嫌だと思いつつ、アンジェラは納得した。


(だからお兄様たちは私に知らせなかったのね……)

 

 リオネルがサフィール帝国に来た理由は、ナタンとアンジェラの婚約を結ぶためだった。


 アンジェラを溺愛する兄たちが縁談など受けるはずがない。だから話を断るため、アンジェラの耳には入れずに遠ざけようとしたのだ。


──はい、とリオネルはダークグレーのかぶりを振った。


「確かに兄は皇女殿下の降嫁を叶えよと私に命じました。しかし、気が変わりました」


「気が……変わった?」


「一目見てわかりました。アンジェラ皇女殿下は帝国の……いえ、世界一の至宝。兄ごときには分不相応です。愚物に皇女殿下を望む資格などありません」


(リ、リル!? そんなこと言っていいの?)


 愚物と言い捨てているが、その兄は一国の王ではないか。


 アンジェラは動揺したが、リオネルは冷静そのものだった。


「愚兄にははっきり不可能だと伝えます。皇女殿下は汚れなき至高の天使。我が国に降嫁されるなど決してありえないと」


(リル!?)


 世界の至宝だとか、至高の天使だとか、いくら何でも美辞麗句が過ぎる。


(私が皇女だからって、そんなに大げさに褒めなくていいのに!)

 

 小さかった子供のリルが見え透いたお世辞を言う大人になってしまったことに、アンジェラはショックを受ける。


 それなのに三人の兄たちはというと、臆面もない褒め言葉を真に受けてご満悦だった。


「ロシェル公は人を見る目があるようだな」


「ええ。道理を知る方で安心しました」


「話がわかるみたいでよかったよ。分をわきまえているならいいんだ」


 ミッシェル、ラファエル、ガブリエルの順でそう安堵している。


「皇女殿下は誰よりも大切にされるべきお方。兄君方の庇護の元、生涯帝国でお暮らしになるのが最善です。既婚かつ年の離れた愚兄に嫁ぐなど論外。全くもって話になりません」


「実に同感だ」


「本当に理解が早いですね」


「アンジェラを一目見ただけでそこまで悟るなんて感心するよ」


 すっかり共感しあう四人の男たち。


(リル! 大げさすぎるってばぁ!)


 アンジェラが焦っていると、リオネルは三兄弟に深々と立礼を捧げ、颯爽ときびすを返した。


「ま、待ってください!」


 アンジェラは思わず後を追った。

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