第23話 五歳の誕生日②

「「「お誕生日おめでとう、アンジェラ!」」」


 美しく飾り付けられたダイニングホールに入ると、三人の皇子が異口同音にそう祝ってくれた。


 兄たちはかわるがわるアンジェラを抱きしめ、手や額や頬にキスの雨を降らせる。


 ミッシェルがアンジェラを抱き上げ、ラファエルとガブリエルが左右からエスコートして、席につかせてくれた。いつもながら至れり尽くせりのお姫様扱いだ。お姫様だけれども。


「アンジェラももう五歳か。早いものだな」


 上座には皇帝も同席している。アンジェラは思わず背筋を正した。


「ありがとうございます。おとうさま」


 ちょっとお腹が出ていて毛根が死滅している父だが、目をみはるような美形兄弟の親なのだから、若い頃はさぞかし美青年だったはずだ。多分。


 ちなみに父の名はナタナエル・ド・ヴァングレーム。この「神は与えたナタナエル」の名にあやかって、隣国の王子は同じ意味を持つ「ナタン」と名付けられたと聞く。


 他国の王家に影響を与えるのだから、やはり偉大な皇帝なのである。多分。


「私の贈ったプレゼントを着てくれたのね。よく似合っているわ、アンジェラ」

 

 母のジョゼフィーヌが優雅に微笑んだ。


 年齢を感じさせない美貌に、何人も子供を産んだとは思えない抜群のスタイル。いつもながら貴婦人のお手本のような気品を放つ母には、娘目線でもうっとりとしてしまう。

 

「はい、おかあさま。すてきなおくりものをありがとうございます」


 総レース編みで仕立てられたドレスは繊細で美しい。五歳の幼女には少々高価すぎる品だが、母の心遣いは嬉しいので、大切に着ようと思っている。


「おめでとう、アンジェラ! 私からのプレゼントはこれだ」

 

「ありがとうございます。ミッシェルおにいさま」


 ミッシェルから手渡されたのは、ベルベットのリボンが巻かれた金色の鍵だった。


「かぎですか? ミッシェルおにいさま、これは?」


「帝国一と言われる宝石店の鍵だ。もうアンジェラの所有になっている」


「えっ!?」


 目を丸くするアンジェラの前に、ラファエルとガブリエルもそれぞれのプレゼントをさしだした。


「私からは帝都で最も格式の高い服飾店の鍵ですよ。これまでは皇族御用達でしたが、これからは皇女直属の直営店になります」


「僕からはティーサロンの鍵だよ。以前おしのびで一緒に出かけた時に、お茶もお菓子も美味しいと喜んでいたでしょ?」


 色違いのリボンが結ばれた鍵を三つ、目の前に並べられて、アンジェラは冷や汗をかいた。

 

(や、やりすぎじゃない……?)


 たった五歳の幼女に、宝石店とドレスショップとティーサロンのオーナーになれというのか。


「あの、おにいさまたち。だめです。これはいただけません」


 三つの鍵をそれぞれ三人の兄の元に返して、アンジェラは首を振った。


「わたしがほしいのはこれではなくて、べつのかぎなのです」


 懸命に言葉を紡いでも、舌足らずなしゃべり方になってしまうのがもどかしい。

 

 五歳児がぺらぺら流暢に話したら不審に思われるから、これでいいのかもしれないが。


「わたし、おべんきょうがしたいです!」


 アンジェラは両親と兄たちに、皇宮内の図書棟へ出入りする鍵がほしいと必死に訴えた。


 五歳になるのを機に、この国の文字を学び、本を読み、本格的に勉強を始めたい。そのために家庭教師もつけてほしいと懸命にねだる。

  

(だって、もう赤ちゃんじゃないんだもの!)


 アンジェラはもう動けず、話せず、泣くしかできなかった嬰児えいじではない。


 高貴なる者には責務が伴う。生まれてから五年間、たくさん愛され慈しまれちやほやされてきた自覚があるからこそ、このまま甘えているだけではいけないと強く思った。


 自分を大切にしてくれる人たちを、自分も大切にしたい。


 前世で王国の聖女として生きたジュリエットは、今世は皇帝の血を引く皇女アンジェラとして生を受けた。


 この立場だからこそ、特別な地位にいるからこそ、叶えられることが必ずあるはずだ。


(知りたい。今の自分にできることを──)

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