第19話 使わないことにしよう!

 アンジェラが手をどけた時、ガブリエルの傷はすっかり癒えていた。血の一滴さえ見当たらない。

 

(えっ……できた!)


 少しでも痛みを減らせればと思ったのだが、傷そのものをきれいさっぱり消し去ることができた。


(嘘……! 私、また治癒の力を使うことができたの?)


 アンジェラが手をまじまじと見つめた時、ラファエルとミッシェルが駆け寄ってきた。


「ガブリエル、よくアンジェラを守りましたね」

 

「ああ、偉いぞ! おまえもすぐ手当てしてもらおう。……ん?」


 ガブリエルを抱き上げようとして、ミッシェルは首をかしげた。


「私の目にはガブリエルが怪我をしたように見えたのだが……見間違いだったか?」

 

「はい。僕もすりむいたような気がしたのですが……気のせいだったみたいです」


 ミッシェルは不思議そうに眉をひそめたが、すぐに明朗快活に笑んだ。


「アンジェラもガブリエルも無傷で済んだのなら何よりだ!」


 皇子たちはそれ以上深く気にすることなく朗らかに笑っていたが、アンジェラは自分で自分のしたことに困惑せずにはいられなかった。


(ガブリエルお兄様が痛い思いをしなくてよかったわ。でも……どうして治癒の力が発動したのかしら?)


 コライユ王国に伝わる、聖女と認められる条件は三つだ。


 生まれた日。花の形をした聖痕。そして治癒の能力。


 アンジェラはジュリエットが絶命した日に誕生したし、聖痕に似た形の痣もある。


 さらに今、転生してから初めて発動した治癒の力でガブリエルの傷も癒すことができた。


 三つの条件をすべて満たしているとしたら、やはりアンジェラが聖女なのだろうか?


(でも、今の私はコライユ王国の国民じゃないのに……?)


 聖女はコライユ王国だけに現れる奇跡だ。王国の血を引かない者が聖女であるはずがない。


 生まれた日と聖痕だけならまだ偶然の可能性はある。


 誕生日はたまたま一致しただけで、痣は聖痕ではないただの痣なのかもしれない。


 けれど前世で持っていた治癒の力が、生まれ変わった今でも使えるのはいったいどうしてなのだろう?


(うっ……気分が……)


 頭を締めつける痛みに襲われて、アンジェラはこめかみを押さえた。


 空がぐるぐると回っているような、強いめまいがする。治癒の力を使った反動だ。


 反動は治療対象者の重症度に比例する。前世では大きな傷や重篤な病を治すたび、強い衝撃が返ってきて苦しんだものだ。


 今回は軽い擦り傷を治しただけなのでそれほど大きな衝撃はないが、体が三歳児なせいもあってか、久しぶりに味わう力の反動はやはり苦しい。


(お兄様たちには気付かれないようにしなくちゃ……)


 アンジェラが少しでも体調を崩すと、兄たちは大騒ぎするのだ。


 宮中医を総動員したり貴重な薬草を大量に使ったりと、大変なことになるのを知っているので、アンジェラは不調を悟られないよう必死に平静を装った。


(どうして今世にもこの力が引き継がれたのかはわからないけれど……これからはもう使わない方がよさそうね……)


 そう思うのは、反動があるからではない。


 この力にまつわる思い出が、いいものばかりではないからだ。

 

 ジュリエットが身を削って患者を治療しても感謝されるとは限らなかった。かえって酷く罵られたり、暴言を吐かれたりした記憶もある。


 何よりもジュリエットが処刑された理由は王妃ディアーヌの死だった。


 病床の王妃にすべての治癒力を注ぎ、衰弱した状態から確かに回復させたはずなのに、王妃は不可解な死を遂げた。


 ジュリエットは王妃を殺害したと決めつけられ、力を使った反動に苦しむ中を捕縛されて、牢獄に収監された。


 弁明の場は与えられず、話さえ何も聞いてはもらえずに、短い人生を炎に包まれて終えたのだ。


(もう、あんな思いをするのは嫌……)


 糾弾される恐怖。民衆から向けられる憎悪。赤い悪魔のように燃えあがる火焔。


 何もかもを鮮明に覚えている。


 この力は幸福をもたらすとは限らない。むしろ前世では悲惨な最期を招きさえした不吉な力なのだ。


(決めた。治癒の力はもう使わないことにしよう!)

 

 そう心に誓うアンジェラだった。

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