第18話 治癒の力
サフィール帝国の中心。広大な宮殿の中。
皇女アンジェラは家族の愛情を一身に受け、すくすくと成長していった。
三歳になったアンジェラは相変わらずの衣装持ちだ。毎日違う服を着ても袖を通しきれないほどたくさんのドレスが部屋いっぱいに詰まっている。家族の愛が重い。
今日着せてもらったのは、明るいオレンジ色の生地に花の刺繡を入れた服だ。
髪を飾るリボンや、柔らかいサテンの靴下まで同じ色と柄で合わせれば、侍女たちが自信満々で見立てたコーディネートの完成である。
「アンジェラ、かわいい!」
「よく似合っていますよ」
「まるで花の妖精のようだぞ!」
ガブリエル、ラファエル、ミッシェルの順で口々にそう褒めてくれた。
兄たちの溺愛ぶりは相変わらず……むしろアンジェラの成長と共にますます強まる一方である。
(もう、お兄様たちったら)
人間は三歳になると、やっと大人の半分ほどまで視力が発達するらしい。
アンジェラはまだ遠くの風景はよく見えないけれど、近くのものなら支障なく視認できるようになってきた。
そして知ったのは──今世の家族はみんな顔がいい、ということだった。
「こっちにおいで、アンジェラ!」
太陽のように快活に笑うのは、第一皇子で皇太子のミッシェル。
輝くようなシャイニーブロンドはまぶしいばかりで、とても顔がいい。
「ほら、アンジェラの好きな花が咲いていますよ」
月のように涼やかに微笑するのは、第二皇子のラファエル。
冴え冴えとしたプラチナブロンドは美しいばかりで、非常に顔がいい。
「お花よりもアンジェラの方がかわいいけどね」
星のように爽やかに破顔するのは、第三皇子のガブリエル。
少し癖のある甘いミルキーブロンドはきらめくばかりで、すさまじく顔がいい。
三人の兄は三人とも、神が特別に
(顔が……! 顔がいい……っ!)
実の兄たちながら、目がくらみそうになる。
乳児だった頃は視力が未熟だったとはいえ、こんな極上の美少年たちの前でミルクを吐いたりよだれを垂らしたりしていたことを思い出すと、アンジェラは顔から火が出るくらい恥ずかしくなってしまう。
「さぁ、一緒に見に行きましょう。アンジェラ」
ラファエルが身をかがめて、手をつなごうとさし出した。
「あい、ラファエルおにいしゃま」
アンジェラはまだ舌ったらずだが、かなり言葉も話せるようになってきた。あーとかうーとかしか言えなかった赤ちゃん時代に比べたら大きな進歩だ。
「っ……何度聞いてもいい響きですね……!」
おにいしゃま、という言葉に感極まったらしく、ラファエルは秀麗な眉間を押さえた。
「アンジェラが初めて私を「ら」と呼んでくれた日も、「にーに」と呼んでくれた日も、「ラファエルおにいしゃま」と呼んでくれた日も、すべて正確に記憶していますからね」
(ラファエルお兄様……それは記憶しなくていいわ……)
ラファエルは幼い頃から神童と評判なのだが、愛する妹の成長に関しても生き字引きのごとく優秀な記憶力を発揮していた。
「わぁっ!」
皇宮の一角に広がる庭園は美しく手入れされていた。
計算し尽くしされたシンメトリーの花壇。配置を考え抜かれたカラフルな花々。立派なバーゴラには緑の弦を這わせてあり、咲き誇る花とのコントラストが鮮やかだ。
「おはな、きれーい!」
とたとたと走り出すアンジェラを、兄たちは愛しくてたまらないという顔で見守っている。
今日着ている服の刺繍と同じ花を見つけて、アンジェラが身を乗り出した時。
石畳の割れ目につまずいて、小さな体が前方に倒れた。
「アンジェラ、あぶない!」
三人の皇子は同時に動いたが、間に合ったのは一番近くにいたガブリエルだった。
アンジェラが地面に触れる寸前で、ガブリエルは体を張って抱き止める。
「ガブリエルおにいしゃま! あいじょうぶ?」
「僕は大丈夫だよ。アンジェラはけがしてない?」
ガブリエルは王侯貴族の少年らしい、短い半ズボン姿だった。
剥き出しの膝にはすり傷ができて、赤い血が腿を流れている。
(わ……血が出てる! 痛そう……)
アンジェラはガブリエルに守られて怪我をせずに済んだが、ガブリエルは転んだ拍子に膝をすり剥いたらしい。
(前世では治癒の力が使えたけれど……)
兄が自分をかばって怪我したのだと思うと、アンジェラの心は痛んだ。治してあげたいと強く思う。
「ガブリエルおにいしゃま。おしゅわりして」
「ん? なぁに?」
治癒の祈祷文は今でも覚えているが、ジュリエットは無詠唱でも力を使うことができた。そもそも三歳児が祈祷文など暗唱したら怪しまれるだろう。
(えっと……子供が言ってもおかしくないような祈りの言葉は……)
「いたいのいたいの~! とんでけ~!」
おまじないの言葉を唱えながら、アンジェラはガブリエルの膝に手を当てた。
淡い光がほとぼる。熱に似た力が湧いて、体の奥に渦を巻いた。
目に見えない不思議な力が、アンジェラの手からガブリエルの足へと送り込まれていく。
光がくすぶり、そして弾けた時。もう何の傷も残ってはいなかった。
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