第14話 父子の再会

 サフィール帝国で、皇帝の初めての皇女が愛情たっぷりに育てられている頃。


 コライユ王国でも、生き別れていた父と子が再び対面しようとしていた。


「……来たか」


 ひと気のない回廊に立つ子供の頭上に、殺伐とした声が落ちる。 


 筋の通った高い鼻。けわしい切れ長の眼。肩幅は広く、胸板は厚く、偉丈夫と言っていい精悍せいかんさを誇っている。


 短く刈り込んだダークグレーの頭は白髪の一本とてなく、いかにも壮健な印象を与える男だ。


 コライユ王国の国王はわしを彷彿とさせる鋭い眼光で、己の胸ほどまでも背の届かない子供を尊大に見下ろした。

 

「おまえがリオネルか」


「はい」


 問われて、リオネルは深くかぶっていたフードを取った。


 目の前の王と同じ濃いダークグレーの髪が、フードの奥からあらわになる。


「……母上から預かったものです。肌身離さず持っているようにと」


 にぎり込んでいた幼い手のひらをそっと開けば、そこに輝くのは金無垢の指輪。


 指輪の表面には王家の紋章がられ、内側には国王個人の徽章きしょうが刻印されている。

 

 かつてリオネルの母がこの王より直接たまわったものだ。──身ごもった子が我が子であると認知するあかしとして。


 父と子の再会、と呼ぶには冷ややかな空気が流れる中、国王はいぶかしげに、雄勁ゆうけいな眉をひそめた。


「……なんだ、その片目は……?」


 リオネルの顔には白い包帯が巻かれていた。まだあどけなさの残る顔の半分、左目をおおうようにして宛てがわれている。


「聖女が投獄され、神殿が混乱に陥った騒動の中、事故で……」


「負傷したのか?」


 ろくに話を聞くこともなく言葉を遮って、王は詰問した。


「その包帯はいずれ取れるのだろうな?」


 リオネルは浅く息を吐いて、父と同じ色の髪をはっきりと振った。


「取ることはできます。ですが、もはや物を見ることはできません」


「何だと? うつけ者が!」


 説明するよりも見た方が早いだろうと、リオネルは包帯の結び目を解き、顔に刻まれた裂傷を父の目に触れさせた。


 痛々しい傷口が斜めに走り、リオネルの左の瞼を横切っている。


 眼窩がんかえぐられ、手の施しようがないほど無残に潰れている。すでに光を失っているのは明白だった。


 王は長く息を吐いた。


「……みっともない……」


 いたわりではなかった。

 

 リオネルの怪我を案じるのでも、寄り添うのでもなく、蔑む言葉だけを父は口にした。

  

「せっかくあの女譲りの悪くない容姿に生まれたというのに、隻眼せきがんとはな……」


 かつて寵愛したはずのリオネルの母を「あの女」と呼ぶ声は、どこまでも冷たく淡白だった。


 残った右目の眼球でまじまじと父を見上げながら、リオネルは静かに失望する。


「まぁいい。せいぜい私に恥をかかせるなよ」


 吐いて捨てるように言って、王は重厚な黒い上着をうっとうしそうに脱ぐと、無造作に放り投げた。


──黒い衣服は亡くなった王妃の喪に服す意味があるはずなのだが、投げ捨てたりしていいのだろうか……?


 リオネルが声に出さずにそう思っていると、父は淡々とした声で告げた。


「リオネル。おまえを王籍に加える」


 それが一度は寵を与えた女に対する愛情であるのか、それとも十年も放置し続けた隠し子に対する温情であるのか、リオネルにもわからなかった。


「王族の数は少ない。おまえも私の子ならせいぜい精進しろ。おまえの兄ナタンに次ぐ、第二王子として──」


 ナタンの名前を聞いて、リオネルの表情に苦悶がにじんだ。


 言いがかりでジュリエットを断罪し、弁明の機会も与えることなく処刑した王太子ナタン。


 この世でもっとも憎んでいると言っても過言ではないあの男は、リオネルの異母兄でもある。

 

 この薄情な男が父で、あの愚昧ぐまいな男が兄。


 そう思うと、リオネルは自分の身に流れる血を呪いたくなった。


「勝手に聖女を処罰したナタンの愚行は目に余る。いっそ廃嫡にとも……うっ……」


 王はにわかに咳き込み、口を押さえてよろめいた。


「父上? どこかお具合が悪いのですか?」


「差し出がましいことを言うな!」


 駆け寄ろうとする叱りつけた王は、鷹が獲物を値踏みするような眼で、リオネルを厳しく見下ろした。


「王族の自覚を持ち、この国を支えろ。いいな、リオネル。──せいぜい私の役に立て」


 あたかも千尋せんじんの谷に突き落とし、這い上がるならば我が子と認めてやると言わんばかりの、厳然としたまなざしだった。


「……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る