第13話 隠し子
兄たちにあきれた拍子に、アンジェラの口からまたよだれが流れる。
ミッシェルは惚れ惚れとした表情を浮かべた。
「なんて愛らしいんだ、アンジェラ! この姿を永遠に記録しておきたいな……」
(待って!)
よだれを垂らしている姿を永遠に記録されてはたまらない。
アンジェラは手足をばたつかせたが、ラファエルとガブリエルは前のめりに身を乗り出した。
「兄上、すぐに宮廷画家を呼びましょう」
「アンジェラの絵をいっぱいかいてほしいな!」
(もう何枚も描いてもらってるからぁ!)
抗議しようにも口から出るのはあーあー、だーだーという
(ううっ、言葉が話せないってもどかしい!)
三人の兄たちによる妹愛は落ち着くどころか、日に日に増すばかりである。
末っ子で女児で、皇帝である父からはほとんど見向きもされていないアンジェラを、どうして三人の兄たちはこんなに手放しに溺愛してくれるのだろう。
(皇帝の息子たちがこんなに仲がいいなんて、思いもしなかったわ)
コライユ王国の聖女は自国を一歩でも出ることを禁じられている。ジュリエットも国外へ出た経験はなく、王族と言えば国内の王族しか知らなかった。
ジュリエットと年齢の近かった王族といえば王太子ナタンだ。
ナタンは国王と王妃の唯一の息子だった。同腹の姉や妹はいたが、王女たちと仲良く過ごしている場面は見たことがない。
だから国の頂点に立つ人々というのは、家族といえども不必要な接触はせず、気軽に親しんだりしないものだと思っていた。
それなのに海を隔てたサフィール帝国では、皇帝の皇子たちがこんなに仲がいいなんて思わなかった。
皇位継承権を持つ男子が三人もそろえば、骨肉の争いに発展してもおかしくなさそうなのに。
それとも母である皇后ジョゼフィーヌの育て方がいいのだろうか。
常に優雅に、時に厳しく子供たちを見守るジョゼフィーヌは、慈母や賢母という言葉がぴったりな才色兼備の淑女だ。
(お母様はとてもお優しいけれど……コライユ王国の王妃様はもっと恐ろしい方に思えたわ……)
ナタンの母である王妃ディアーヌは、気難しくて近寄りがたい人だった。
夫であるコライユ国王は浮気性で、王妃以外の女に次々と手を出し、何人も隠し子を作っているとの噂だった。
そのせいだろうか。王妃は男女関係の規律に神経質で、風紀の乱れに敏感だった。
王妃は周囲の侍女やメイドたちに対しても過剰なほど潔癖さを求めたし、聖女であるジュリエットに向ける目さえ厳しかった。
ジュリエットが幼女だった頃はさすがに警戒されてはいなかったが、成長とともに「女」として見られているのか「陛下やナタンに色目を使うのではありませんよ」と釘を刺すような発言が増えた。
色目を使うどころか、卑しい孤児だと悪しざまに
しかし王妃に向かって「いいえ、息子さんは嫌いです」などと言えるはずがないので「はい、心得ております」と答える以外になかった。
それでも会うたびに王妃から「ナタンを誘惑するな」と念を押されるものだから、ナタンは何を誤解したのか「そうか。ジュリエットは私のことが好きなのか」とにやにやする始末。
「滅相もありません」と否定して話を切り上げていたつもりだったが、ジュリエットが断罪された時のナタンの言動を見る限り、ずっと彼を恋い慕っていたと思われていたようだった。
(違うから! 本当にやめて!)
転生した今でさえ、心の底からそう叫びたい。
ナタンの勘違いはさておき。
王妃ディアーヌの刺々しいほど厳しい態度には、夫であるコライユ国王の不誠実さに対する苦悩が見えるような気がした。
英雄色を好む、というくらいだから国王自身は浮気も甲斐性だと思っていたのかもしれないが、王妃にしてみれば耐えられなかったのだろう。
国王の
噂の真偽はわからないが、本当に王の隠し子たちが陰ながら葬られていたとしたら余りにも不憫だ。王妃にとって憎くとも、子供には何の罪もないのに。
そう心を痛めた瞬間だった。
不意になつかしい顔が、アンジェラの脳裏をよぎった。
(リル……)
鮮やかに思い出されるのは、リルの姿。
澄んだアイスブルーの瞳をした、寡黙だが心優しい少年。
どことなく高貴さのにじむ顔立ちをしたリルは、前世で死ぬ前に言葉をかわした最後の相手だ。
王城の地下牢で会って以来、死に別れてしまったリルのことが無性に心にこみあげる。
リルの濃いダークグレーの髪が知っている誰かに似ているような気がしたが、誰なのかは考えてもわからなかった。
(リル……今頃どうしてるかな……?)
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