第9話 ピクニック
澄んだ蒼穹の下。美しく整えられた庭園の一角。
小春日和の陽だまりに包まれて、皇帝の子供たちはピクニックを楽しんでいた。
「いい天気だな!」
降り注ぐ陽光よりもまぶしく笑うのは、第一皇子のミッシェル。
「はい。とても気持ちがいいですね」
そよぐ涼風よりも爽やかに答えるのは、第二皇子のラファエル。
「アンジェラ! おいでー!」
庭園に満ちた新緑よりも
椅子やテーブルを並べてお茶会をするのではなく、芝生に絨毯を広げてピクニックをしているのは、アンジェラが動き回れるようにとの配慮らしい。どこまでも妹ファーストな兄たちである。
呼ばれたアンジェラがはいはいで進みながらガブリエルの腕の中にたどりつくと、ガブリエルは極上の笑顔を咲かせて喜んでくれた。
「よくできたね! すごいすごい!」
「アンジェラははいはいの天才だな!」
「こんなに上手に進める子は帝国中を探してもいませんね」
(そ、それほどでも……)
兄たちから口々に絶賛されて、アンジェラは気恥ずかしい気分になる。
(でも……嬉しいな)
その後はラファエルに抱っこされて庭園の花々を鑑賞したり、ミッシェルに高い高いされてきゃっきゃっとはしゃいだりと、平和な時間を過ごす。
宮廷料理人たちが作ってくれた、ピクニック用の軽食も豪華だった。
大きなラタンのバスケットを開けば、小麦の香りが芳しいバゲットのタルティーヌ。ジュレを添えた冷製のムース。トマトをくりぬいてサラダを詰めたファルシに、旬の野菜をたっぷり使ったケーク・サレ。オレンジを添えたクレープシュゼットもある。
(わぁ、いい匂い! 私は食べられないけど……)
食器類はどれもアンティークの品々でまとめてあった。繊細な模様の彫り込まれたカトラリーはすべて本物の銀。
(気軽なピクニックで使う食器じゃないのよね……)
アンジェラの視力はまだ低いが、以前よりは複数の色を認識できるようになった。
手の込んだ料理の数々がどんなに色とりどりかも見えるし、皇族のために整えられた庭園にどれほど色彩豊かな花が咲いているかもわかるようになってきた。
(色が見えるって素晴らしい……!)
赤ちゃんの身体でなければ味わえなかった感動である。
生まれたばかりの頃は余りの脆弱さと体力のなさにどうなることかと思ったけれど、子供の成長は早いものだ。
生後九ヶ月になる今では小さかった手もぷくぷくとして、細かった足もむちむちとして、弱々しかった体もまんまるになって、自力で
(そろそろ次の段階にいける……気がする!)
成長めざましい体に、やる気がむくむくと湧いてくる。
アンジェラは真剣な顔つきで、長兄ミッシェルの顔を見上げた。
「どうした? アンジェラ」
「だー! あー!」
この「だー! あー!」は「見ていてくださいね、お兄様たち!」の意味である。
確固たる決意を胸に、アンジェラはミッシェルの膝に手を置く。
さらに反対の手で腕をつかみ、ぐっと両脚に力を込めた。
(えいっ!)
よろよろ。ぐらぐら。
腕の力で体を引き上げながら、膝をまっすぐに伸ばす。ふらつきながらも足の裏を底にして、何とか立ち上がることができた。
(できた! 立てたわ!)
安堵した瞬間に、アンジェラはバランスを崩した。
尻もちをつく寸前で、ミッシェルにぎゅっと抱きしめられる。
「やった! 立ったな、アンジェラ!」
「よくできましたね、上手ですよ」
「アンジェラ、すごい!」
ラファエルがアンジェラの頭を撫で、ガブリエルがほおずりする。三人の兄たちは目を見合わせた。
「父上にかけあって今日という日をアンジェラの初つかまり立ち記念日としよう! 祝日として制定して毎年盛大に祝うんだ!」
「賛成です兄上!」
(賛成しないで!)
大げさなことを言い出したミッシェルと、即座に賛同するラファエルを、アンジェラは心の中で止めにかかった。
すでに初寝返り記念日や、初はいはい記念日もあるのだ。さすがに公式の祝日に制定されてはいないが。
兄たちの気持ちはありがたいけれど……兄ばかはほどほどにしてほしい。
そう思いながら、アンジェラは三人の兄の間をくるくると回し抱っこされ続けたのだった。
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