第3話 処刑

 あくる日、ジュリエットは牢から引きずり出された。


 両手は縛られたまま、足にもかせを嵌められる。神殿に引き取られて以来ずっと伸ばしていた長い髪は、ばっさりと短く切り落とされた。


 疲労と飢渇きかつで意識が朦朧とする中、兵士に小突かれながら裸足で歩く。


 リルを説得するために言った「釈明の機会」がジュリエットに与えられることはなかった。


 真実を訴える場が設けられることもなければ、法の下に公正な裁判が行われることもなかった。


 広場の中央には薪が高く組み上げられている。それを取り囲むように多くの民衆が集まっていた。

 

 貴族階級の人間であれば、罪に問われて死をたまわる場合でも、毒盃をあおるなどの方法が許されている。


 しかし平民出身であり、魔女の烙印を押されたジュリエットには、そんな名誉と尊厳を保った死に方は許されない。


 魔女とされた者の処刑方法はひとつ。──火あぶりと相場が決まっている。


「王妃様を殺した魔女だとよ!」

 

「とんでもない悪女だな!」


 乱れ飛ぶ怒号。叫喚。罵詈ばり雑言。 


 人々は格好の娯楽を見つけたかのように興奮し、ざわめき、半ば狂乱しながら今か今かと処刑の時を待っていた。


「聖女をかたった魔女め!」


 人だかりの中から罵声が飛んで、こめかみに鈍い痛みが走った。誰かがジュリエットに向かって石を投げたのだ。


「……!」


 ジュリエットの額が切れ、血が顔をしたたるのを見て、民衆の熱狂はさらに大きくなった。


「死ね! 悪女が!」

 

「俺たちの納めた血税で、贅沢な暮らしをしやがって!」


 ジュリエットは贅沢な暮らしなどしたことはない。


 神殿は清貧を尊び、奢侈しゃしは魂を驕らせると説いて、聖女であるジュリエットにも過度なほどの質素倹約を強いた。


 食事さえ満足に与えられないので、同じ境遇だったリルと一緒に、野草や木の実を採取して飢えをしのいでいたくらいだ。


 だが人々はそんな事情など知る由もなく「魔女め!」「死ね!」「思い知れ!」と口々に叫んでいる。


 続けざまに石つぶてが降り注ぐ。流血でかすむ視界の中で、ジュリエットは必死に広場を見わたした。


(リルは捕まっていない……)


 罪人として囚われているのはジュリエット一人だけだ。リルが捕らえられた形跡はない。


(よかった……)


 リルはきっと無事に逃げられたのだろう。そう思うと、心の底から安堵がこみあげた。


「火をつけろ!」


 命じる声とともに、火口ほくちられた。


「魔女め! 思い知れ!」


 足元に組みあげられた枝の上に火花が落ちる。


 枯れ葉へ、藁へ、薪へと燃え移りながら、火はまたたく間に轟然とした炎になった。

 

(熱い! 熱い! 痛い……!)


 焚かれた火焔が足元から這い上がってくる。激しく立ちのぼる煙が喉を塞ぐ。燃え上がる火柱がジュリエットを包み込む。


 囚人服が焼ける。皮膚が焦げる。「ネズミのようにくすんだ灰色」と笑われたジュリエットのホワイトブロンドの髪が、紅蓮の炎に焼かれて、本物の灰へと変わっていく。


 猛烈な熱さと耐えがたい苦しさに意識が遠のいた時。視界の端がほのかに光ったような気がした。


 ふと、呼吸が楽になる。


 まるで女神が翼を広げて、その白い羽根の中に優しく包み込まれるかのようだった。


 さしのべられる大きな手に身を委ねたまま、ジュリエットは意識を失った。


 

 かつて孤児だった少女「ジル」は聖女「ジュリエット」になった。


 そして、今。


 聖女ジュリエットは魔女に貶められ、わずか十五歳で火刑に処されたのだった。

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