1話 お店、はじめました
祖父が亡くなった。
私が小さな頃から可愛がってくれた、大好きなおじいちゃんだった。
そんな彼が残した遺言。
それが私の人生を大きく変えた。
「ワシの店はミリアに継がせたい」
祖父は、趣味で小さな店を経営していた。
店の名は祖父の名にちなんで【レイン堂】。
町外れの小屋のようなそのお店では、もともと冒険者だったという祖父が世界中から集めてきた様々な珍しいものを見学できる。
気に入ったものがあれば、祖父の気分次第ではあるが販売することもあったらしい。
「親父がそう言い残したから、あの店はお前に託そうと思う」
父も商人ではあったが、祖父とは別にお店を持っていたので、私にこう伝えて店の鍵を渡した。
幼い頃から祖父の店のお手伝いをしていたので、場所は知っている。
この町の外れにある、お世辞にも目立つとは言えない地味なお店だ。
「お邪魔しまーす……うっ、ごほっごほっ」
無骨な太文字でレイン堂と書かれた看板が掲げられた店のドアを開けると、まずは埃風が私を出迎えてくれた。
それもそのはず。祖父の入院が決まった時から、お店はずっとやっていなかったのだから。
一応不定期に掃除にはきていたけど、最後に来たのは半年以上前だったかな……
「まずは掃除からかな……」
そう言って私は、奥の部屋から箒とちりとり、はたきや雑巾など一通りの掃除用具を取り出してお店の掃除に取り掛かった。
長らく店じまいだったとは言え、祖父の遺品はそのまんま残されているので、うっかり壊さないように気を付けながら少しずつ綺麗にしていく。
そうだ。
この間に私のことについて振り返っておこう。
私の名前はミリア・アシュレイ。16歳だ。
ルートマリア伯爵領に生まれた商家の次女だ。
だけど、私にはまだ誰にも言っていない秘密を抱えている。
あまり思い出したくないものではあるが、私には前世の記憶がある。
私の前世は日本という国で社畜をやっていた。
まあ、あまりにも忙しすぎて20代で過労死したんだけど……
そんな苦い記憶を抱えているので、今世では多少貧乏でも気楽で楽しい生活を送ろうと決めていた。
そんな訳で、掃除をしながらとある発想が思い浮かんでしまうのも当然だろう。
それはつまり、
「もしかしてこれ全部売ったら私、一生遊んで暮らせる……?」
至る所に散乱……もとい展示されている様々な遺品。
祖父は宝物だと言っていたが、残念ながら私にはその価値が理解できずにいた。
ただ、物によってはかなりの高値で売れるらしいので、このお店ごとこれらを相続できるなら私はもう一生お金には困らないかもしれない。
「……ま、あとでいっか! それよりも――」
よくよく考えたら別に私、今はお小遣いに苦労していないことを思い出した。
というのも、学校を卒業してからはバイトとして実家のお店の手伝いをしているので、それで給料としてそれなりの額を毎月もらっていたのだ。
ただ、この店を相続するにあたって父からこう言い付けられている。
「せっかくならお前も何か店を始めてみたらどうだ。ある程度なら支援してやるぞ」
と。
これも社会勉強の一端だとして、父は私にバイトを一旦辞めさせ、この場所で何か商売をすることを求めてきた。
お店…‥お店ねえ……。
急にそんなこと言われても、アイデアなんてあるはずもない。
お料理屋さんをやるにしても、別に私の料理スキルは人様からお金を取れるほどのものじゃないし、父のお店の支店にするのはなんか面白くない。
「うーん……うん? これは……?」
私は一度雑巾の手を止め、机の上に無造作に置かれていた箱の中から、小さな棒を手に取った。
それは人間の手のひらくらいの長さの細い棒であり、先端にはふわふわとした綿毛がついており、もう片方の先端は緩やかに折れ曲がっている。
「これ……
私はそれを手に取って、柔らかな綿毛を指で摘む。
この感触、正直たまらない。
だがこれはこうやって遊ぶためのものではない。
「これを耳に入れると気持ちいいんだよねぇ……」
これは耳掃除の道具だ。
折れ曲がった方の先端で耳垢を掻き出し、綿毛の方でそれを綺麗に集めとる。
流石に今は掃除中なのでやらないけど、私はこの梵天で耳かきをされるのが大好きだった。
(……ま、前世では自分でやるか、ASMRで擬似体験することくらいしかできなかったけどね)
ASMRとはAutonomous Sensory Meridian Response (自律的感覚絶頂反応)の略称で、超簡単に言えば人間が気持ち良くなるような音などを提供するコンテンツの事を指す。
過労で毎日倒れそうになりながら帰ってきて、不眠症の影響でなかなか寝付けずに苦しんでいた私を救ってくれた偉大なものでもある。
ネット上で流行していた耳かき音や囁き声のASMRをいくつも買い漁って聴くのが数少ない趣味だったんだ。
「――あっ、そうだ!」
そんなことを考えていると、私に天啓が舞い降りてきた。
これからやるお店の内容が決まったのだ。
大した取り柄のない私でもできる、一部の人には確かな需要があるであろうお店。
「……ふふっ、我ながら名案だね!」
こうして完成したのが、私が好きだったものをこの世界の人にも体験してもらう場所。
疲れて苦しんでいる人を私が徹底的に癒して気持ち良く寝てもらう場所。
それでも上手くいかなかった場合は、私は催眠魔法が得意なので、ちょっと強引にでも安眠してもらう場所。
「名前は安眠堂! 安直だけど、ピッタリな名前だよね!」
私はグッドポーズを取って、初めてのお客さんを待つことにした。
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