第18話 告白
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「
あれから門に戻り、封印を解いてルシフェルは守護天使の仕事に戻った。
執務机が割れるんじゃないかという強さでバアルが両手で机をばんばん叩いてくる。
「ちょ!は!?まじで!?まじで言ってる!?え!お前、そんなチャレンジャーだったの!?シュエル様だぞ!?あのシュエル様だぞ!?
「だから、うるさい」
予想の三倍くらい、うるさい奴だった。
ルシフェルはほんの少し、バアルに話したことを後悔する。
そんなルシフェルの態度など気も留めず、当のバアルは魂の抜けたような顔で呆然としていた。
「いや、お前……まじか。俺以上にやべぇ……え?いや、本気で言ってる?」
「お前に嘘をついてどうする」
「なにそれ、ちょっとトキめいた」
「やめろ」
バアルの軽口がいつも以上に磨きがかっている気がする。
はぁ~と本気で感心したような目で見られると、どうにも居心地が悪かった。
「いや、うん。シュエル様はハサーシエンちゃんの事もあるし”黒”に抵抗がないのは分かってたんだけどな。いや、でもまさかなー……しかも両想いなんだろ?」
「…………」
信じられないのはルシフェルも同じだった。
本来ならばあの温かくて柔らかい存在は自分が触れていいものでも、ましてや暴いていいものでもない。
『ルシフェル!』
それでも、欲してしまった。
あの滝つぼで彼女の裸体を見た時に、絶望的に気付いてしまったのだ。
あぁ自分は彼女に間違いなく”欲”を持ってしまっているのだと。
「――分かってる。これは俺の罪だ。……という訳で、お前に頼みがあるんだが?」
ルシフェルが珍しく笑みを浮かべれば、バアルがひくりと頬を引きつらせた。
「いやまじで怖ぇ。だってアレだろ?シュエル様といちゃついた直後に創生神に謁見したんだろ?つまり箱入り社長令嬢と給湯室でいちゃこらした足で父親の社長と平然と会議するようなもんじゃん!?どんだけのメンタルなんだよお前!怖ぇわ!」
なんだそのよく分からん例えは。
興奮したバアルは早足で辺りを動き回り、何やらぶつぶつと呟いている。
この様子ならしばらく落ち着くことはないだろう。
(まぁ信じ難いことには違いないからな……)
仕事の準備でもして待つかと思った矢先にバアルの目がカッ!と見開かれた。
「は!ちょ、待て!さすがにヤってはいないよな!?純潔はさすがにヤバいでしょ!?それは手を付けてないよな!?な!?」
「手遅れだ」
「いや、嘘だろ!マジか!?どうすんだよ!さすがにそれはすぐバレるぞ!?」
「エデンには高濃度の自浄作用があるらしい。彼女曰く穢れは全て浄化されるとの事だったから……まぁ賭けであった部分はあるが。現に彼女の体は純潔に戻っているし、俺達に
「……う、そ、だろ……」
なにそれ、夢のヤり放題じゃんと勝手に崩れ落ちていった嘆きは聞かないことにした。
このままだと埒があかない。
「とは言ってもこの状況は長くはもたない。いずれ必ず創生神にも知られるだろう」
真面目なルシフェルの声に、バアルも静かに
「だろうな。…………堕天、する気か?
堕天……天の国からの追放を意味する行為だ。
禁を犯し、神の道に背いたもっとも罪深い天使に与えられる極刑。
二度と神の加護が受けられず、未来永劫に反逆の烙印を押されることは普通の天使にとって耐え難い苦痛に違いない。
だが、その全てを受け入れる覚悟でルシフェルはシュエルの手を取り、彼女を愛した。
目を閉じれば鮮明に浮かぶ彼女の姿に、後悔はしないと決めたのだ。
「……あぁ。そのつもりだ」
「……天使長のお前が堕天なんかしたら天界は荒れ狂うぞ」
「分かってる。だからこそ、俺の後釜をお前に託したい。次席だろう?
何だかんだ言っても面倒見もよく、人を惹きつけるカリスマ性もあり、黙ってさえいれば先導者として問題ない。
自分のいなくなった後の天界を彼がまとめてくれるのならば混乱も最小限に収まるだろう。
そう思っての発言だったが、途端にバアルは嫌そうに顔を
「噓でしょ、絶対嫌だから!ただでさえ
大きなため息をつきながらバアルはガシガシと頭を掻く。
ほんの数秒だけ悩む素振りを見せたが、彼はあっけらかんと言い放った。
「よし分かった!俺も堕天する」
「……は?」
吹っ切れたような顔でとんでもない事を言ったバアルに思わず素で声がもれる。
ちょっとコンビニ行ってくるのノリで決めていいことではない。
「うん、そうだな。ちょっと悪いくらいの男のほうがモテるし、俺に天使の生活はやっぱ性に合わないよね!それなら堕天使の方がよっぽどラクそうだし楽しそうだ」
うんうんと頷いて納得してる
「ちょっと待て、バアル。確かにお前は奔放な男だが、堕天までする必要はないだろう。分かっているのか?堕天の覚悟が……」
「あぁ?覚悟なら、お前がしてるだろ?ルシフェル」
遮るようにバアルは言う。
「最高位の
ばんばんと背中を叩かれ、バアルは慣れ合うように肩に手を回してきた。
「それにさ、忘れたのか?……俺達、
愛を貫いてこそ
まぁ任せておけ、と言い置いてバアルは意気揚々とホールを出ていく。
(冗談……いや、この場合の奴は本気か)
天界の二大
しかし、ここでどんなにルシフェルが異を唱えたところであの男の気は変わらない。それがバアルという男なのだ。
最低限の混乱に抑えようと思っての行動だったが、さらなる大混乱を引き起こしてしまったかもしれない。
(人選を間違えたか……?)
そう思わずにいられなかった。
だが、同時にバアルという存在が非常に心強いのもまた事実だ。
(さて、どうしたものか)
彼が共に堕天するとなると大幅な計画の変更が必要となる。
勿論ルシフェルの第一優先はシュエルの身の安全だ。
彼女の存在がなければ、恐らく彼はこの先も天使長として
(
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
自分は彼女の手を取った時に既に堕天の覚悟を決めたが、肝心のシュエルの気持ちはどうなのだろう。
お互いに一時の間違いなどではないが、ほんの少しの不安が胸を掠める。
先の事を考える必要がある今、早急にシュエルの答えを知る必要があった。
しかし、門番である自分は理由なく
今回はシュエルの祈りを止めるという目的があったからエデンに入ったが、それ以外は食事を届ける日に三度しかルシフェルはエデン内部には入れないのだ。
エデンの門の開閉は、記録として残るから。
(次は……四時間後か)
彼女の食事が届くまで。
そうでなくてもきっとシュエルは未だ眠っていることだろうから起こしたくはない。
今後の事にしてもシュエルの意見と、任せろと去っていったバアルの事もある。
ルシフェル一人で事を進めるわけにはいかなかった。
「……片付けるか」
目の前には
あの軽口九割の男は口では忙しい忙しいと言いながら、しっかりと自分の仕事までルシフェルに回してくるあたり食えない男だ。
だが、残り一割は非常に優秀なのでそのあたりのさじ加減が難しい。
(今思えば、俺の周りは”欲”の強い天使ばかりだったな)
だからこそルシフェルは、戸惑いながらもシュエルを愛せたのかもしれない。
ふうと一息ついてルシフェルは書類を手に取った。
自分は、まだ、天使達の最高位の
ここからでもやるべきことは沢山ある。
あと数時間、自身の最愛に会える時までルシフェルは天使長らしく仕事に専念することにした。
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