第19話「君のいない世界」

まなみが去ってから、私はひたすら仕事に逃げ込むように過ごしていた。


彼女の不在が心にぽっかりと空いた穴を、どうにかして埋めようとするかのように、店に出ては客と会話を交わし、役を演じる毎日だった。


しかし、どれだけ忙しくしても、まなみがいない日常には耐えがたいほどの孤独が押し寄せるばかりだった。


あの束の間の温もりがどれだけ大切だったのかを今さら痛感し、その記憶に胸を締めつけられていた。


その夜、店に出勤すると、私を指名してくれた常連の男性客が私を待っていた。彼の横に座り、自然な笑顔を浮かべて会話を始める。


まるで舞台の上に立つ役者のように、いつものように振る舞うのだが、心の奥にある虚しさは、どうしても隠しきれなかった。


「今日はどんな一日でしたか?」


と問いかけると、彼は少し疲れた表情を浮かべ、ため息をついた。


「なんだか、毎日が同じでさ…何のために生きてるのか、よくわからなくなるよ」


その言葉が、まるで私自身の気持ちを代弁しているかのように胸に響いた。私も、何のために生きているのかを見失っている。


まなみが隣にいた日々が、どれほど私を支えていたのかを思い知るたび、心の中で彼女への喪失感が募っていく。


「私も、似たような感じかもしれないです。こうしてお客様と過ごす時間が、日常の中の少しの息抜きみたいなもので…」


と微笑みながら応じると、彼は私の目をじっと見つめ


「七海さんにも、そういう気持ちがあるんだね」


と言った。


彼の言葉が一瞬だけ心に触れるような気がしたが、それもすぐに冷たい現実に引き戻される。


彼には、私が抱える喪失感や孤独がどれほど深いものか、決して理解できるはずもない。


私にとって彼はただの「仕事」の相手であり、彼の言葉や優しさに触れることで癒されることはないのだ。


「ここでは、すべて忘れて楽しい時間を過ごしたいんです」


と言葉を続け、彼もそれに応じるように深く頷いたが、彼の返事がどこか遠くで響いているように感じた。


この「君のいない世界」にいる限り、どれだけ多くの人と会話を交わしても、心が満たされることはないのだと痛感する。


まなみと交わした何気ない一言一言が、どれほど私にとって救いだったのか。


あの夜、彼女がそっと語ってくれた母親との思い出や、ふと触れた手の温もりが、今でも鮮やかに蘇ってくる。


彼女の小さな声が夜の静寂に染み入るように響いていたことが、どれほど私を安らがせていたのか。


それを失った今、すべてがただの「空虚」に変わってしまった。


仕事が終わり、暗い部屋に戻ると、その思いはさらに深まった。


無人のリビングに佇んで、私は「君のいない世界」の現実に再び引き戻される。まなみがいたあの日々は、今ではただの幻のように感じられるが、それでもあの記憶が私の中で色褪せることはない。


彼女がそばにいてくれた日常がどれほどかけがえのないものだったのかを痛感し、静寂が心を冷たく締めつけていく。


君のいない世界。


それは、まなみと過ごした日々がただの幻想であったかのように、私の中で色を失っていく世界だ。


どれだけ仕事に没頭しても、どんなに忙しく振る舞っても、君のいないこの世界で、私の心が温もりに触れることはもう二度とないのだ。

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