第16話「口論」
夜が更け、静まり返った部屋で、私たちはいつもと違う空気に包まれていた。疲れ切った体を引きずって帰宅した私に、まなみが鋭い視線を向けてくる。
すぐにそれに気づいたが、あえて視線を合わせないでいた。しかし、彼女はためらいもなく口を開いた。
「リカさん、どうしてずっと夜職(風俗)を続けるの?体、壊しちゃうよ」
その言葉に、一瞬心が揺れる。私は平静を装い、いつものように答えた。
「私には、これしかできないから」
一瞬の沈黙が流れる。彼女が目を伏せ、不満げな表情を浮かべているのが見えた。
その沈黙が、どんどん重く息苦しいものに変わっていく。やがて、まなみは声を絞り出すように言った。
「それ、本当にただの仕事って言えるの?」
胸の奥がざわついた。まなみが何を言いたいのかを理解しつつも、私はその核心に触れるのを恐れていた。
けれど、彼女の言葉から逃れるわけにもいかなかった。
「どういう意味?」
「だって…私以外の人とそういうことしてるって考えたら、嫌で仕方ない。私がどれだけリカさんのこと大事に思ってるか、わかってるよね?なのに、なんで他の人に優しくできるの?」
その問いが私の心を突き刺した。まなみは私を必要としてくれている。
それなのに、私は彼女に向き合いきれていない。胸の奥にある重たい感情が爆発しそうだったが、私はそれを飲み込んで、再び平静を装おうとした。
「まなみ、私はただ生きるために、他に方法がないからやっているの。こんな私に、あなたに応える資格なんてあると思う?」
彼女の表情が歪んだ。そして、彼女の目に浮かぶ涙が私の心に冷たい痛みを与える。
「じゃあ、私の存在はリカさんにとって何なの?ただの負担?ただ救ってもらっただけの邪魔者?」
「そんなこと、思ってない…」
私はかすれた声で答えたが、自分の言葉があまりに頼りなく響いた。
「じゃあ、なんでそんな仕事を続けてるの!リカさんが自分を犠牲にしてまで、他の人に触れられるのがどれだけ辛いか、わかってる!?私だって、リカさんを大事にしたいのに…!」
その瞬間、私の中で何かが切れた。
「わかってるよ!でも、これが私の現実なんだ。誰も私を本当に必要としてくれたことなんてなかった。だから自分を売るしかなかったんだよ!そんな私が、どうしてあなたの気持ちに応えられるって思うの?」
私の声が張り詰め、まなみの瞳が揺れる。その揺れが私を突き刺し、彼女が受け止めきれない現実を押し付けていることを自覚する。
まなみは泣きながら叫んだ。
「そんなふうに言わないでよ!私にとってリカさんはただの…ただの誰かじゃない!私が誰にも言えないことを打ち明けられる、唯一の人なのに!」
部屋の中が再び沈黙に包まれる。まなみの涙が静かに流れ落ち、私はただ立ち尽くすしかなかった。
何もしてあげられない自分が情けなくて、彼女に向ける言葉も見つからなかった。
その夜、ふたりの間に横たわる見えない溝が深まり、かつて感じたはずの温かさが、遠くの彼方へと消えていくのをただ見届けるしかなかった。
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