第15話「小さなすれ違いの積み重ね」
卓也の一件以来、私たちの間にわずかなズレが生じ始めた。そのズレは、最初は微かで小さなものだったはずなのに、日を追うごとに確かな形を持ち始め、私たちの間にどうしようもない隔たりとして現れた。
まなみが私と外出することを避けるようになり、私もまた彼女と一緒にいるとき、以前にはなかった違和感や周りの視線を気にしてしまう自分がいた。
その違和感は小さなさざ波のように広がり、互いの胸の中に不安を残していく。
ある夜、疲れ切って帰宅すると、リビングで一人きりのまなみが、無音のテレビ画面をぼんやりと見つめていた。
その姿に、以前なら感じなかった冷たさを覚え、胸が締め付けられた。まなみがリビングで起きて待っていてくれることが、かつてはどこか温かな安心感をもたらしてくれていたのに、その夜はその温もりが遠く感じられたのだ。
「まなみ、無理して待ってなくていいんだよ」
と、心配して言葉をかけたはずだったのに、その瞬間、まなみの顔に一瞬、痛みが走ったような表情が浮かんだ。
彼女は何か言いたそうに私を見つめたが、結局は唇を噛んで小さな声で
「…わかりました」
とだけ答えた。その言葉が妙に冷たく、突き放すように響いて、私は思わず言葉を失った。
それから、彼女は私が帰る頃には眠りについていることが増えた。リビングの灯りが消え、まなみのいない部屋は暗く冷たく感じられ、そこに彼女の不在が際立って見えるようだった。
帰宅しても、待ってくれている人のいない空虚な空間にただ立ち尽くす夜が続いた。
会話も次第に減っていった。食卓で向き合っていても、言葉が続かない。
どちらかが話し始めようとしても、その声は薄い壁に吸い込まれてしまうようで、気まずい沈黙だけが重く二人の間に漂った。彼女の表情が遠くなるたび、何かが壊れていくような予感が胸を襲ったが、それをどう修復すればよいのか、私にはわからなかった。
互いの心が離れていくように感じるのは辛かった。まなみが自分の殻に閉じこもり、私を遠ざけているのか、私が彼女を拒んでいるのかさえも、わからなくなっていた。
けれど、一緒に暮らしながらも、どこかしら彼女の視線や態度の端々に感じられる微かな冷たさが、私の胸に突き刺さり、じわじわと胸を締め付ける。
ある夜、我慢できずにまなみに尋ねた。
「最近、なんでそんなに距離を感じるの?」
言葉にしないとこのもどかしさが飲み込めそうになかったからだ。すると、まなみは驚いたようにこちらを見たが、すぐに視線をそらし、低い声でこう言った。
「リカさんの優しさが、時々…本物じゃないみたいに感じるんです」
その言葉に、思わず息を呑んだ。どうしてそんなふうに思わせてしまったのか。
彼女が感じている距離の理由が、自分の内側から発せられるものであることに気づいてしまったのだ。
だけど、その感情をどう説明すればいいのか、答えを見つけることができず、沈黙が再び私たちを包み込んだ。
その夜の沈黙は、これまでのどの夜よりも重く、冷たいものだった。部屋の中に漂うすれ違いが、ふたりの心を蝕み、かつて感じていた温かさが今や遠く、届かない場所にあるような気がした。
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