第12話「ネオンテトラとエンゼルフィッシュ」

その夜、私たちはふとした気まぐれで深夜の歌舞伎町に出かけることにした。


深夜にもかかわらず街はまだ輝き、夜の熱気とネオンの光があふれている。私たちは人々の影の中を抜け、まるで秘密の冒険に出るかのように手をつなぎながら歩き出した。


「リカさん、どこまで行く?」


まなみが、街の明かりに照らされながら私に問いかける。


「まなみが行きたいところまで、どこへでも。」


「じゃあ、あそこのゲームセンター!」まなみは指さして、目を輝かせる。


「リカさん、あそこのネオン、まるでネオンテトラみたいに鮮やかで綺麗ですよね。」


「ネオンテトラ?」と私が尋ねると、まなみは少し照れたように笑った。


「はい、熱帯魚なんです。小さいけれどカラフルで、暗い中でも光を追いかけて泳いでるのが可愛くて…」彼女は続ける。


「なんだか、リカさんと私もそんなふうに泳いでる気がして」まなみの目が輝いている。


手を引かれるまま、私たちはゲームセンターに向かった。


そこは色とりどりの光に包まれ、まるで水槽の中を自由に泳ぐ熱帯魚たちのように、ネオンが夜の闇の中で生き生きと輝いていた。


「あのピンクのイルカのぬいぐるみ!リカさんなら取れるでしょ?」


「任せて。絶対に逃さないから。」


意気込んでUFOキャッチャーに挑戦するも、ぬいぐるみはアームの中ですり抜けてしまう。


何度挑戦しても、ぬいぐるみは手の届かないところへと逃げるようだった。


「リカさんって、意外と不器用なんですね」とまなみが笑いながら言った。


「そう見える?でも、今度こそ…!」と再び挑戦したものの、またもや失敗。


まなみは私の手元を見つめ、ふと呟いた。「リカさんって、まるでエンゼルフィッシュみたいですね。」


「エンゼルフィッシュ?どうして?」


「なんだろう、そばにいると手を伸ばしたくなるのに、いつもすり抜けてしまう感じ。そばにいるようで、どこか遠くに感じる…」


彼女の言葉が胸に刺さる。


まなみは私に触れようとするたびに、手をすり抜けてしまうと感じているのだろうか。でも、彼女のまっすぐな視線に私は笑顔で応えた。


「エンゼルフィッシュみたいなのは悪くないかも。でも、まなみはどんな魚?」


まなみは少し考え込んでから、「私は…リカさんを追いかけるネオンテトラみたいな感じかも」と言って微笑んだ。


「小さくて、いつも光を追いかけてる感じがするから。」


まなみの瞳に映る純粋な思いが、私の心を静かに揺さぶる。彼女のそばにいると、自分がどれだけ彼女にとって大切な存在かを思い知らされる。


「リカさんといると、自分が特別な存在になれた気がするんです。だから、私もリカさんと一緒にいたい。」


私はそっと彼女の手を握り、言葉に出さずにただその手の温もりを感じた。


ゲームセンターを出ると、深夜の歌舞伎町の街はまだ賑わっていた。


ネオンの光が水面のように揺らめき、人々の笑い声や足音が遠く響く中、私たちだけが別の世界にいるような感覚が続いていた。


「ねえ、リカさん。まだ帰りたくないな…」とまなみが小さな声で囁く。その声が静かに心に染み渡る。


「じゃあ、もう少し歩こうか。」私は彼女の手を引き、二人で深夜の街を歩き続けることにした。


雑踏を抜けて奥まった路地に入り込むと、歌舞伎町の喧騒が少し遠のき、夜の静けさが私たちを包み込んだ。


夜気が冷たく肌を撫で、まるで夢の中にいるような感覚が漂う。


「こういう場所、なんだか少し怖いけど、リカさんと一緒だと平気」と、まなみは微笑みながら言った。


途中で見つけた小さな屋台風のラーメン屋に立ち寄り、夜食を取ることにした。


湯気が立ち上るスープの香りが心地よく、夜の冷気と混じり合って、私たちの心をゆっくりと解かしていく。


「こんな時間にラーメンなんて罪悪感あるね」と、まなみがラーメンをすすりながら笑う。


「そう?まあ、たまにはいいんじゃない?」と私も笑いながら応じた。「でも、太っちゃうなら責任とるよ。ちゃんと運動付き合うから。」


「じゃあ、今度リカさんと一緒にランニングしようかな」とまなみが冗談めかして言うと、私たちは顔を見合わせて笑い合った。


深夜に二人で食べるラーメンが、こんなにも温かくて楽しいものになるなんて思わなかった。


「でも、深夜のラーメンって、なんか特別な感じがするね」とまなみがしみじみとつぶやく。


「そうだね。こういう場所って、普段の生活から切り離されてる感じがして、誰も気にしてないから、二人だけの世界みたいに思えるね。」


ラーメンをすすり終えたあと、私はふと「今日はいっぱい食べて、しっかり太っちゃおうか」と冗談っぽく言った。


「それも悪くないかもね。リカさんがそばにいてくれるなら、少しくらい太ったって平気かも」まなみが屈託なく笑うその姿に、私の心も温かくなった。


屋台を出た後も、私たちは手をつないで夜の歌舞伎町を歩き続けた。ネオンの光に照らされながら、まるで二匹の熱帯魚が水槽の中を泳ぐように、深夜の街を漂う。


「リカさんといると、まるでカラフルな水槽の中で私たちだけが自由に泳いでるみたい」とまなみが言う。


「私も同じだよ、まなみ。君といると、この夜が特別に輝いて見える。」


「リカさんといると、誰にも邪魔されない自分たちだけの世界みたい」と彼女が言った。


「まるで水槽の中で、私たちだけがネオンテトラとエンゼルフィッシュのように自由に泳いでるみたいだね。」私も笑いながら応えた。


「リカさんといると、ずっとこのまま二人だけの水槽にいられる気がする」


まなみが笑顔で答えた。


お店を出た後も、私たちは手をつないで街の中を歩き続けた。


人々の笑い声や車のクラクション、ネオンの光が入り混じる中で、まるで二匹の熱帯魚が鮮やかな水槽の中で泳いでいるかのように、深夜の歌舞伎町を進んでいった。


数日後、まなみが「リカさん、一緒に熱帯魚屋さんに行ってみませんか?」と誘ってきた。「小さな水槽を買って、ネオンテトラとエンゼルフィッシュを入れてみたくて…」


私たちは並んで歩き、まるで子供のように目を輝かせながら店に入り、小さな水槽とネオンテトラとエンゼルフィッシュの魚たちを選んだ。


熱帯魚たちは私たちの生活に小さな彩りを与え、私たちの家にささやかな新しい命が増えたようだった。

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