第11話「二人の境界が溶けるとき」

時が過ぎるにつれて、まなみは少しずつ心を開き、私たちの間には穏やかな信頼が育まれていった。


いつしか彼女が私を頼ることが当たり前になり、私も彼女が帰る場所でありたいと思うようになっていた。


まるで家族のような存在に思えつつも、心の奥底で、家族を越えた別の感情が芽生えているのを密かに感じていた。


ある夜、リビングで静かにお茶を飲んでいると、まなみがふと視線を落としながらぽつりと呟いた。


「リカさん、前にも聞いたけど、どうして…こんなに優しくしてくれるの?」


不意を突かれたその問いに胸がざわつき、言葉を探すように目を逸らした。


どうして彼女に優しくするのか、自分でも答えがわからない。


ただ彼女を守りたくて、傍にいて欲しくて──そうした思いを抱えていることが無性に恥ずかしく感じられた。


「まなみを見てるとね、私の昔を思い出すんだよ」


とやっとの思いで告げた。


「私も誰にも頼れなくて、自分の居場所が見つからなくて…君にはそんな孤独を味わってほしくないんだ」


まなみは私の言葉に頷き、そっと私の手に自分の手を重ねた。


彼女の小さな温もりが伝わってきて、私は息を飲んだ。互いに黙り込みながらも、その沈黙が心地よく、ただ静かに時が流れるのを感じていた。


ふいに目が合い、まなみのまっすぐな視線に胸が高鳴る。彼女が不安げに唇をかすかに震わせ、再び問いかけてきた。


「リカさんって、本当は誰かに愛されたこと、あるんですか?」


その問いに動揺が広がる。


私は答えに窮し、口を開きかけて閉じた。


「…愛されたかどうか、わからない。自分でも愛が何なのか、よくわからないから」


「じゃあ、私といるのも…同じ?」


「いや、違う。君といるときだけ、私は…自分が素直になれる気がする」


まなみが少し戸惑いながら、それでも何かを決意したように私を見つめ返す。そして、声を小さくして囁いた。


「リカさんに、もっと近づいてもいいですか?」


彼女のその言葉に応えるように、私は無意識に彼女の頬に手を伸ばしていた。


その柔らかな感触が指先に伝わり、まなみの頬がかすかに赤く染まるのが見えた。


二人の間に微かな緊張が漂う。


「リカさん、私…」


彼女が小さく私の名前を呼んだその声に、胸の奥で押さえてきた想いが一気に溢れ出した。


私も彼女も、互いに家族の温もりを知らないまま育ってきた。


「まなみ…」


私は彼女の目を見つめ、そっと彼女の頬に触れた。


彼女がわずかに驚き、瞳を閉じた。


ためらいながらもゆっくりと顔を近づけ、私たちの唇が静かに触れ合った。


初めはそっと、柔らかく触れるだけだったが、その一瞬に二人の想いが溶け合うかのように、次第に深く求め合うようなキスへと変わっていった。


互いの呼吸が混ざり合い、言葉では表せない感情が二人の間に流れていた。


過去の傷や痛み、そして不安が、彼女との温もりの中で溶けて消え去るように思えた。


「リカさん…」


唇を離した瞬間、彼女が小さな声で私を呼び、手を伸ばしてくれた。


彼女の手が私の背中に回り、私も彼女の小さな体を包み込むように抱きしめた。


「まなみがそばにいてくれるだけで、私は救われるんだ」


と、私の心の奥底から出た本音が零れた。


「私も…リカさんがいないとダメなんです」


彼女が抱きしめ返してくれたその瞬間、胸の中でこみ上げてくるものがあり、目を閉じてその温もりに浸った。


朝の薄明かりが差し込む頃、私は彼女が隣で眠るのを見つめ、心が満たされているのを感じた。


まなみがゆっくりと目を開け、私を見て微笑む。


「まなみ、昨夜のこと…後悔してない?」


少しの不安とともに尋ねると、まなみは微笑みながら私を見つめ返して「リカさんは?」と問いかけた。


「後悔なんてしてないよ。まなみがここにいてくれるだけで、私は救われてるんだ」と伝えると、彼女はそっと私の手を握り返し、静かに微笑んだ。

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