第9話「帰る場所」

まなみと一緒に暮らし始めてから、日々が少しずつ、柔らかく変わっていくのを感じていた。


朝、眠そうな顔をしたまなみがリビングに現れ、私と一緒に簡単な朝食を摂る。


そんな何気ない時間が、いつの間にか私にとって大切なものになっていた。


二人とも家族の温かさを知らずに生きてきたけれど、この部屋の中で、どこか家族のような温もりが芽生えているのを感じる。


ある夜、仕事から帰宅すると、薄暗いキッチンで

うとうとしているまなみの姿が目に入った。


テーブルに伏せた頭が小刻みに揺れている。


どうやら、私の帰りを待ちながらそのまま寝てしまったようだった。


「まなみ、どうして起きてるの?こんな遅くまで…」


声をかけると、まなみは眠気に目をこすりながら顔を上げた。


気づかれて恥ずかしそうに笑う彼女の表情が、少しあどけない。


「なんだか…リカさんが帰ってくるまで眠れなくて…」


その言葉が胸の奥に優しく響いた。


誰かが私の帰りを待ってくれている、そんな当たり前のことが、これほどまでに心に染み入るものだとは思わなかった。


「ごめんね、遅くなっちゃって。でも、まなみも、ちゃんと寝ないとダメだよ」


努めて軽く返しながらも、私の胸には温かいものが込み上げていた。


まなみが私のために夜遅くまで待ってくれていることが、こんなにも嬉しいことだと感じる自分がいることに気づいた。


少し照れたように、まなみは


「リカさんこそ、無理しないでくださいね」


と小さくつぶやいた。


まるで私たちが時間をかけて築いてきたような信頼が、言葉や行動になって表れているかのようだった。


次の日も、そのまた次の日も、私たちはこうして朝食を共にし、夜にはお互いの帰りを待つようになっていた。


ふとした時、まなみが


「家族って、こんな感じなのかな…」


と呟くと、私は思わず彼女の肩にそっと手を置いた。


彼女は少し驚いたように私を見上げ、それから照れくさそうに微笑んだ。


私たちは、どこか似ている。


愛されることを知らずに生きてきたからこそ、こうしてささやかな温もりを分かち合い、互いを支え合うことの価値を知っている。


傷つきやすく、そして失われやすい関係なのかもしれない。


それでも、この小さな部屋の中で感じる温もりが、私たちにとっての「家族」と呼べるものに変わりつつある。


ある夜、ふとまなみが私の手を握りしめた。


その小さな手の温かさが、胸の奥にまでじんわりと広がっていく。


私たちが無言で見つめ合っていると、まなみは少し照れくさそうにこう言った。


「リカさんがいると…ここが本当に私の帰る場所みたいに思えて…」


その言葉に、私も


「そうだね」


と小さく答えた。


この瞬間、私たちが本当の意味で、互いの「帰る場所」になりつつあるのだと感じた。

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