第8話「心の居場所」

「…まなみ、今はもうここにいてもいいんだよ」


その言葉が口をついた瞬間、自分でも驚くほどの安堵が心に広がった。


ずっと誰かを受け入れるなんて考えたこともなかった私が、彼女の存在に救われているような気がした。


孤独な日々を当たり前だと思い込んでいた私が、彼女を守りたいと思っている。


「ありがとう…リカさん」


小さな声でそう言ったまなみの言葉が、部屋の静寂に溶けてゆく。


彼女の細い肩に頼りなさが見えたが、その姿がかえって私の心に残り、彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。


そしてその夜、まなみは部屋の隅で小さく丸まって眠りについた。


その背中がわずかに揺れているのを見ると、彼女がこの場所に寄りかかり、頼っていることがはっきりと伝わってきた。


彼女の存在が、ここにいることの安心を、私にまで与えているような気さえした。


新宿の夜に出会ったあの少女が、今こうして私のそばで眠っている。


まるで心の奥底で何かが変わり始めたような、不思議な感覚が広がっている。


彼女がこの部屋にやってきてから、私の孤独は色を変えていく。


ずっと心に重く沈んでいた孤独や虚しさが、少しずつ薄らいでいくようだ。


そして自分でも信じられないが、彼女を守りたい、そんな思いが心に宿っている。


まなみの寝息が静かに部屋に響いている。


私はその音に耳を傾けながら、これから始まるかもしれない日々を思い描いていた。


まなみは、今まで安らげる場所がなかったのだろう。


だからこの部屋で、少しずつ心を許していく彼女が見えると、私の胸に微かな温もりが宿るのがわかった。


突然、まなみがかすかな声で囁いた。


「リカさん…起きてますか?」


私は驚いて彼女の方を振り返る。


薄暗い部屋の中で、彼女の瞳がかすかに光を帯びているように見えた。


「何か、不安なことがあるの?」


彼女は小さく頷き、私の手にそっと触れてきた。


その手は冷たく、かすかに震えていた。


自分の中で芽生えた恐怖や不安を押し殺しているのが伝わってくる。


「…私、ここにいても大丈夫ですか?」


その言葉に、私は力強く頷いた。


「もちろん。ここが、まなみの居場所になればいいと思ってる」


私の返事に、まなみの表情がほんの少し柔らかくなった気がした。


その瞬間、彼女の存在がただの一時的なものではなく、私の中で確かなものとして根付こうとしていることを感じる。


「リカさん、これからも…私のそばにいてくれますか?」


彼女の瞳が、まるで迷子のように私を見つめている。その視線に答えるように、私は彼女の手を少し強く握り返した。


これから始まる同棲生活の中で、彼女が少しずつ心を開き、私もまた彼女に心を許していくことを願っていた。

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