第7話「共鳴する孤独」

夜も更けたカフェを出た後、私は彼女を再び自宅に招いた。


部屋に戻り、ソファの端に小さく座るまなみの横に腰掛けると、何も言わずにただそこにいる彼女の姿に、ふと自分の過去が頭をよぎった。


「まなみ、私もね…愛ってものがわからないまま

ここまで来ちゃったんだ」


気づけばそう呟いていた。


驚いたのは、まなみもそうだったが、私自身だった。


私が家族のことを他人に語るのは、これが初めてかもしれない。


まなみは私をじっと見つめている。

その瞳に宿る哀しみが、自分とどこか重なって見えた。


「…小さい頃から、家にはいつも母の連れてきた知らない男がいた。」


そう話しながら、あの冷え切った布団の感覚が蘇る。


「私が部屋にいるときも構わず、母は私に背を向けて男と過ごしてた。」


「夜になると、男の酒臭さと母の声が響く中で、私は布団にくるまってその音が止むのを待ってた」


小さな私が、目を閉じて息をひそめて、見ないふり、聞かないふりをしていた夜の数々が思い出される。


「それが普通だと思ってたけど、ある夜…」


言葉を飲み込みかけたが、まなみの眼差しに、私は続けた。


「ある夜、いつものように知らない男が私の部屋に来て、『遊ぼう』って言いながら近づいてきた。」


「その男に、私は怖くて声も出なかった。まだ何も知らない年齢の私でもあの男の言う『遊ぼう』がどう言う意味なのかはわかった…」


その瞬間、私はまなみの瞳が揺れるのを見た。


「助けてくれる人は誰もいなかった…それ以来、私は家にいる意味を見失った。」


「誰も私を守ってくれない、誰も私を選んでくれないって思った」


静かに語り終えると、私の肩が軽く震えているのが分かった。


気づけば、まなみの視線が私を包み込むように優しくなっていた。


そして、彼女がスマホの写真を、私に見せる。


写真には、幼いまなみと優しい眼差しで彼女を見つめる母親が写っていた。


彼女の母親は、まなみが10歳の時に事故で亡くなり、それ以来、父親はまなみに暴力をふるって虐待していたらしい、彼女の家もまた暗く冷たく変わってしまったのだという。


「…だから、私がいい子だったら、父も優しくしてくれるんじゃないかって、ずっとそう思ってた」


彼女の声がかすれ、肩が小さく震える。私は思わず手を伸ばし、彼女の手に触れた。


お互いの傷が交わり合い、二人の間に深い静寂が訪れる。


その時、まなみが私を見上げて、囁くように言った。


「リカさん…私、リカさんといると、自分が少しだけ救われる気がするんです」


その言葉が私の胸を静かに突き刺した。


彼女の瞳には、何かを求めるような、頼るような光が宿っていた。


視線が重なり、息が詰まるような沈黙が流れる。


次の瞬間、まなみが私に顔を寄せようとした。


その動きに、私は動けず、ただ彼女の動きを見つめていた。


このまま、彼女を受け入れてしまったら、私はもう戻れなくなるかもしれない――。

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