第5話「突然の電話」

新宿の街はいつもと同じ雑踏に満ちているのに、昨日のまなみのことが頭から離れない。


たった一晩だけの出会い、わずかに名前を交わしただけの関係なのに、なぜかあの子の無防備な姿が何度も脳裏に蘇ってくる。


自分でも、こんなふうに誰かのことを考え続けるのはおかしいと感じつつも、歩くたびに彼女の影がちらついてしまう。


そんな時、携帯が突然鳴った。

着信画面には、見覚えのない番号。


迷いながらも通話ボタンを押すと、かすかな声が耳に届いた。


「…あの、リカさん?」


一瞬で、まなみの声だと気づく。


そういえば昨日LINEの交換を拒まれ、一方的に私の電話番号のメモを渡していたのを思い出した。


胸が高鳴るのを感じながら、私は返事をした。


「まなみ?」


電話越しの彼女の声は、不安そうで途切れがちだ。

何を話せばいいかもわからず、ただ沈黙が続く。


やがて、彼女がぽつりと小さな声でつぶやいた。


「昨日は…ありがとうございました。でも、ごめんなさい、何も言わずに出て行っちゃって」


彼女の謝罪に、胸の奥で何かが温かくほどけていくのが分かる。


逃げたくなる気持ちも分かる。


私も、かつてそんなふうに逃げ出したことがあったから。


「気にしないでいいよ。ああやって逃げたくなる気持ち、わかるから」


それだけを返すと、しばらくの沈黙の後に、彼女がためらいがちな声で続けた。


「…もし、またそっちに行ってもいい?」


その言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでくる。


たった一晩のつながりだったのに、彼女もまた私に何かを感じ取ってくれたのだろうか。


あの夜だけの縁じゃないのだと分かると、不思議な安堵感が広がった。


「もちろん。今どこにいるの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る