第61話

マンションの廊下を歩きながら叶和が言った。



「信じらんない。エレベーターの中とか、防犯用の監視カメラで録画されてんのに」


「エレベーターホールだってカメラがあるじゃない」


「マンションのは1週間で上書きされるけど、エレベーターのは3ヶ月くらいは保存されるよ」


「嘘っ」


「いい大人が外でいちゃつくとか恥ずっ」



ばしっと背中を叩いたら、笑われた。



「もうしない。絶対しない」


「ふうん」



玄関の鍵を開けて、中に入った瞬間、腰に手を回されて向き合った。



「何?」


「別に」


「離してよ。中に入れない」



叶和はわたしの顔を見ているだけで何も言わない。



「どーして黙ったままなの? 意地悪だよね。何か言ってよ」


「どうしよっかな」


「ずっとこのままでいるつもりじゃないよね?」


「このままでもいいけど」


「ここ玄関だよ? 中に入ろうよ」


「さっき、『絶対しない』とか言われたから。落ち込んでる」


「それ、落ち込んでる態度じゃないよね?」



叶和の顔がゆっくりと近づいて来たから、目を閉じた……けど、そのまま何もされないから、目を開けた。


くやしい。寸止めされた!


結局また、わたしの方からキスをするはめになった。



「部屋に入ろうよ? いつまでここにいんの?」


「叶和のせいなのに!」



去年の今頃では考えられないくらいの笑顔を見せてくれる。


くやしいけど、嬉しい。

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