第54話

新幹線を降り、在来線に乗り換えた。


叶和が街を出てそんなに経っていないのに、地元の駅はすっかり様変わりしていたようで、記憶に残るような場所がないのか、叶和は始終きょろきょろとしていた。



「どっちに行けばいいの?」



聞いたけれど、叶和にもわからないようで、駅員にバス停を聞いた。


懐かしいはずの場所に近づくにつれ、だんだんと無言になっていく叶和が心配になる。


バスに30分ほど乗った。

バスを降りてからはどうやら見慣れた風景らしく、叶和の足取りが重くなる。

10分ほど歩いたところにあった一軒家の前で、叶和は立ち止まった。


かつては自分の家であったその家のインターホンを、叶和は押すことにためらった。しばらくして、ようやくボタンを押すと、「はい」と女性の声が返ってきた。


声を出せないでいる叶和の代わりに、わたしが返事をした。



「叶和くんを連れて来ました」


「どうぞ」



そのやり取りに叶和が驚いた顔でわたしを見る。



「入ろう」


「なんで?」


「いきなり知らない女が一緒だと驚かれると思って。叶和に電話番号教えてもらったでしょ?それで事前にお母さんとは少し話をしたの」



叶和はドアを開けたものの、そこで足が止まってしまい中に入れない。



「叶和、大丈夫」



その言葉で、呪縛が解けたように叶和は玄関へ足を踏み入れた。



わたしたちを迎えたのは叶和の母親らしき女性だったけれど、目を合わせようとしない。



「これ、つまらないものですがどうぞ」



菓子折りを渡すと、女性は戸惑いながら「ありがとうございます」とお礼を言った。

叶和に出されたのも、わたしと同じ客用のスリッパだった。


そのスリッパを履きリビングへ行くと、年配の男性とその隣にもう1人男性がソファに座っていた。叶和の父親とお兄さん。

わたしたちが入ってきたのはわかっているはずなのにこちらを見ようともしない。


女性は1人しかいなかったので、やはり迎えに出て来たのが叶和の母親で間違いなかった。


叶和の父親とお兄さんの前に、2人で座った。



「話があって来た」



叶和の言葉に、父親はわたしをチラッと見て言った。



「わざわざ報告する必要もない。お前がどうしようとこの家には関係ない」


「こんなやつがいいなんて、あんた物好きだな」



叶和のお兄さんの言葉で、結婚の報告に来たと勘違いしていることに気がついた。



「話は――」



叶和が言いかけたところで、テーブルの上に、持って来ていたタブレットを置いた。


心臓がばくばくいい始めた。


ごめんね、叶和。


勝手なことをするわたしを許して。



「まずはこちらをご覧いただけますか?」


「これは?」


「ご覧になればわかると思います。あなたが見るべきものです」



叶和のお兄さんは訝し気な様子でタブレットを手に取った。


そして画面に目をやり、スクロールするうちに顔色を変えていった。



「嘘だ……」


「誰のアカウントかわかりますよね?」


「……こんな……嘘だ……これは……瑤子の……」


「叶和くんが真実を伝えなくても、そこに存在していますから。言葉で伝える前に見てもらった方が早いと思いました」



片手で頭を抱えた叶和のお兄さんの手から、父親がタブレットを取った。

そして、しばらくそれを見てから、「本当にこれは瑤子さんのものなのか?」と言った。



「……瑤子のもので……間違いない」



そう答えた叶和のお兄さんは深々と頭を下げた。



「叶和……俺はお前になんてことを……」



父親の方はタブレットに目を落としたまま、もう片方の手を強く握りしめていた。


そんな様子を見ていた叶和は、父親の手からタブレットを奪って、自分の目でそれを見た。



@shu_love_45



そのアカウントは探し出してもらった、瑤子さんのSNSのものだった。




最初は育児を手伝ってくれない夫へのグチから始まり、息子の成長に対する喜びへと続いている。


結婚記念日に夫からもらったネックレスの画像、初めて息子が外を歩いた時の靴の画像、庭に咲く花の画像。

それらと一緒にコメントが添えてある。



画像は実際に叶和のお兄さんの記憶にあるものらしく、このアカウントが瑤子さんのものだと認める証拠となった。



時には同居する姑への意見もあり、叶和の大学受験を心配する言葉もあった。



そして、あのことも……



依方を名乗る男からのメッセージに、男からの提案に対する葛藤。


それでも男の言いなりになったことへの後悔と夫に対する懺悔。


叶和に見られていたこと。


叶和に指摘されて初めて自分の愚かさを知ったこと。


妊娠の発覚。


お腹の中にいるのが夫の子供ではないという絶望。


叶和に中絶同意書へサインをしてもらったこと。


罪のない命を断つことへの罪悪感。


その後はしばらく不安定な言葉が続く。


やがて、真実を夫に話すことを決意するが、その前に息子が食べたいと言うのでケーキを買いに行く、という投稿で終わっていた。


最後に投稿があった日付は、瑤子さんが事故を起こした日だった。

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