第53話

朝、叶和はめずらしく寝ていた。


一緒に暮らし始めてから、いつも会社へ行くわたしを見送っていた叶和が今日はまだ眠っている。



「行って来るね」



誰もいない玄関に小さな声で言った。





わたしにできることが何かないのか、ずっと考えていた。


それで、朝一番に会社に着くと、迷わず上椙さんのところへ行った。


上椙さんはあまり会社には出てこない立場の人だったけれど、最近、海外を拠点とするコンピュータネットワークのシステム開発会社とソフトを共同開発する話が持ち上がっていて、時々出社していると聞いていた。


今日はその代表が来日しているということで、食事会があるため、朝から会社にいる。


一社員が個人的なことをお願いして聞いてもらえるかどうかはわからない。


でも、もし叶和のためにできることがあるとしたら、これしかないし、頼める相手は上椙さんしかいない。


だから、無理を承知でお願いするしかない。



カフェスペースにいるところを見つけて声をかけた。


わたしが話をしていると、社長の平賀さんと一緒に、黒いワンピースを着た女性がやってきた。

初めて見るひとで、会社の人ではない。

知らない女性はいつからそこにいたのか、にっこりと笑って言った。



「そのお願い、私が叶えてあげましょうか?」

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