第38話

夜中に目が覚めると、わたしがいたのは自分のベッドで、服は……着たまま。



「叶和?」



薄暗い中で名前を呼んだけれど返事もなくて、寝室のドアを開けた。


廊下は玄関から入って来る冷気でひんやりとしている。


叶和が寝ているはずの部屋のドアをそっと開けたけれど、そこに叶和はいなかった。

急いでリビングにいったけれどソファの上を見ても叶和はいない。


もしかして、と思って床を見ると、思った通り、叶和が丸くなって眠っていた。



どうしてこんなところで寝てるの……


叶和が使っていた部屋はいなくなった時のままにしてあったのに……

叶和が置いていったものも、結局捨てることができず、そのままにしてあった。


その時、叶和の小さな声が聞こえた。


起きてる?



「まだ……あと5分……寝たい……」



近づくと、叶和は目を閉じていた。


寝言?


その時、突然目を開けた叶和がゆっくりと起き上がると、周りを見渡した。



「夢――」



その目から涙がこぼれ落ちた。



「大丈夫?」



叶和が少し困ったような顔をしてわたしを見た。



「ごめん……今は……できそうにない」


「何が?」


「セッ――」


「そんなことしなくていいって何度も言ったよね? そんなこと望んでないって言ったよね?」


「でも……それだと……オレには、価値がない」



叶和は手で自分の前髪をグシャリと握り潰すような仕草をした。

その手を上からぎゅっと掴んだ。



「もう二度とそんな悲しいこと言わないで。叶和が存在してることに意味があるんだから」



叶和の手の下には赤くなった目があって、その目からは涙がこぼれ続けている。



また、出会った頃に戻ったりしないで。

そんなふうに考えないで。



「泣かないで」



そんなありきたりな言葉じゃない。

伝えたいのはそんなことじゃない。



「ずっとここにいて。何もしなくていい」



返事をしてくれない。



「やっぱり、何もしなくていいというのはなし。ご飯作ったり、掃除をするのを手伝って。高いとこにある電球を変えてもらいたい。洗面所の電球が暗くなってきてるから」



何も言ってくれない。



「何か言ってよ? いいよーとか、嫌だー、とか」



何を思ってるの?



「さっきの……本当は、わたしが叶和と一緒にいたいの」



ようやく、わたしの方を向いてくれた。



ずっと怖かった。


自分の気持ちを認めてしまったら、今まで信じてきたものが壊れてしまいそうで。


間違った事をしてしまったら、悪いことが起こる気がして。



本当はずっと前から気づいてた。

叶和を否定すればするほど、思い知らされた。



「叶和、好きだよ」


「……オレなんかが?」


「そのままの叶和が好き」



どこの誰かなんてどうでもいい。

ただ、その存在が、愛おしい。



「沙也加のことを好きでいてもいいのかな……」


「好きでいてほしい」


「でも……オレは……」


「わたしは何があっても絶対に叶和の味方だから」


「オレ……沙也加が好きだ」



いつか、いつでもいいから、本当のことを教えて。


それまでずっと待ってる。



そっと、叶和を抱きしめた。

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