第34話

次の日、また同じように会社の前で唯可を待った。


前日と同じように、同僚と思われる女性と出て来たところを、今度は駆け寄って話しかけた。



「唯可さん! すごい偶然!」



唯可は同僚を前に、わたしを見ても顔色ひとつ変えることなく、返事を返して来た。



「本当に偶然」


「良かったら少しお話したいんだけど、いい?」


「悪いけど今日は――」


「土屋浩平さんの話も聞きたいですし」



彼の名前を出すと態度が変わった。



「……あまり時間ないけど、少しだけなら」



唯可は同僚と別れると、わたしと一緒に人通りのない静かな場所へ移動した。

そして、周りに誰もいないことを確認すると、急に表情も言葉遣いも変わった。



「あんたと仲良く『お話』とかありないから。一体何の用?」


「土屋さんって、M商事のエリートさんなんですね」


「何が言いたいの?」


「それにお父さんの部下だなんて」


「どこで調べたの? 私のことつけまわしてたの?」


「偶然です」


「そんなこと信じるわけないじゃん」


「彼は叶和のこと知ってるんですか?」


「脅してるつもり?」



叶和が、自分から唯可の元を逃げない理由を知りたい。



「世間話です。どうしたら叶和を解放してくれるのか聞きたいだけ」


「はぁ? 手放すわけないじゃん。あきたって飼い殺しにしてやる」


「ひどい。将来有望な彼氏がいるのに」


「私に逆らうからよ」


「叶和のこと好きだから一緒にいるんじゃないの?」


「中学生みたいなこと言って、あんたバカ? いいこと教えてあげよっか。全部、あんたのせいだから。私の言うこと聞かないと、あんたのこと外歩けないようにしてやるって言ってある。そうしたら叶和のやつ、私の言いなり。わかった? 全部あんたのせい。笑える」


「わたしのせい……」


「そっ。叶和を助けたかったら、あんたがいなくなるしかないの」


「それ、どういう意味?」



お願い。わたしを脅迫するような言葉を、一言でいいから言って。

ポケットの中のスマホを握りしめて、心の中で祈り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る