第32話

外はもう真っ暗で、窓の外には無数のビルの明かりしか見えない。


それでもなんとなく家に帰るのが嫌で、仕事が終わった後、カフェスペースに立ち寄ると、窓際の席に先客がいた。



「亜弥美?」


「ああ、沙也加ぁ」



どことなく元気がない。



「どうしたの?」


「うーん、ちょっとね……」



亜弥美の前には口をつけていないと思われるカフェオレのカップがあった。


わたしもカフェオレを持って、丸テーブルを挟んだ亜弥美の前に座った。

でも同じように温かいカップを両手で持ったまま、飲むこともできずそれを見つめた。



「さっきさぁ、遠恋してた彼氏と別れちゃった」


「さっき?」


「うん。メールで」


「メールで……」



亜弥美の彼は去年の夏に、会社の転勤で東北へ行ったと聞いていた。



「年末に会った時、なんか様子がおかしい気はしてたんだけどね。事務にかわいい後輩がいるっていう話をしてたから、わたしもこっちでイケメンでも見つけて自慢してやる!って思ったんだけど……」



やたらイケメンに会いたがってたのはそのせいだったんだ……



「バカみたい。表面的に『かわいい』って思ってたわけじゃなかったのかもしれない。裏切られたって言うか……そもそもそんなに信じ合えてたのかな? 今までのこと全部、嘘だったのかな?」


「そんなふうに言わないでよ。ふたりで過ごした時間を簡単に否定しないで」


「本当にそう思う?」


「思う。『かわいい後輩がいる』は直接聞いたんだよね?」


「うん」


「メールでは何て言ってたの?」


「『亜弥美はそっちでいい人見つけなよ 自分もこっちでいい人見つけるつもりだから もう終わりにしよう さよなら』」


「それ、本心なのかな? どうして直接言ってこないの?」


「言いにくかったんじゃない?」


「でも、後輩がかわいいって話は直接聞いたんだよね?」


「うん……」


「その時他に何か言ってなかったの?」


「雪が……1mも積もるって話を聞いた……」


「別れ話をメールって……例えば電話だとそれが嘘だってバレるからとか……? 人は嘘をつくから。自分のためだったり、相手のためだったり。それが嘘かどうかわかるのは本人だけで――」



相手のための嘘……



「『遊ぶところもなくて、雪ばかりのところに来たいと思える?』って聞かれて……『ずっとは無理かも』って……答えた。そしたら『そうだよな』って笑ってた。それって……沙也加、わたし、今から彼のとこ行ってくる」


「え?」


「この時間ならまだ新幹線あるし! わたしは別れたくない。繋ぎ止めたいなら自分が動くしかないよね? 何もしないで後悔したくないから、もっとちゃんと話し合って来る! メールだけで終わらせようとかありえない!」


「う……ん……」


「ありがとう! 帰ったらまた報告する! 泣いて帰ってきたらその時は慰めて!」



亜弥美がすごい勢いで出て行ったので、テーブルの上のカフェオレは残されたままだった。

自分の分を一気に飲んで、2つのカップを手に取った。



あの時……


唯可は、叶和の答えを聞く前に、わたしに笑いかけた。


叶和の答えを知ってたみたいに。


全部演技だったとしたら?


でも、そうだとしたら何のため?


叶和だって、黙って唯可のとこに行けばいいだけなのに。

どうしてわざわざ、あんな見せつけるようなことをする必要があるの?


……わたしのため? わたしを庇って殴られた時みたいに。

わたしが唯可に余計なことを言って、彼女を怒らせないため?


想像かもしれないけれど、実際はそうじゃないかもしれないけれど……そう思いたい。


亜弥美の言った通りだ。

このまま何もしないでいるのは嫌。

わたしにできることは何?


唯可のことをあまりにも知らない。

でも……


すぐに柊ニに電話をかけた。


またお願いをすることになるなんて思ってもみなかった。

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