第31話

柊二が指定したカフェは土曜日の午後という時間帯だからなのか、人が多くて空いている席が見つからない。


先に席だけとっておけば良かったと思いながら、コーヒーをのせたトレイを持ってうろうろしていると、ようやく隅っこの方に席を見つけた。


隣は若い女の子で、めずらしく紙の本を読んでいる。

昔はわたしも紙の本を持ち歩いていたけれど、いつからか荷物になるから、本を読む時は電子書籍にしてしまった。


「すみません」と声をかけながら、テーブルとテーブルの狭い間を通り、店が見渡せるよう壁を背にして座った。


隣のテーブルの子は店に背を向けるような形で座っているから、否応なく顔が見える。

清楚な感じのきれいな子だった。



約束の時間の5分前になって、Vネックのセーターにジーンズという格好で、手にダウンを持った男性が店に入って来た。

ちょうどこちらを向いた時に手を上げると、わたしに気が付いたらしく、真っすぐにこっちへやって来た。



「こんなに人が多いと思わなかった」



柊二のその声に、隣のテーブルの女の子が本から顔を上げ、柊二を見上げた。

その動作に柊二も気が付いて、その女の子を見た。



「何でここにいんの?」



そう言った後、わたしと見比べて、「知り合い?」と聞かれた。



「知らないひとです」



答えたのは女の子の方だった。



「あ、このひとは、叶和の知り合いだから。ほら、前に会ったことあるだろ? 背の高いシルバーの髪の。俺は頼まれごとがあって会う約束しただけ」


「ああ……」



背の高いシルバーの髪って、叶和のこと?


柊二はポケットから鍵を出すとテーブルの上に置いた。



「なぁ、あいつと話した?」


「話すことなんてないから」


「俺にも何も言わないんだけど?」


「もう関係ないし、叶和のことは早く忘れてしまいたい」



テーブルに置かれた鍵に手をのばしたところで、女の子がわたしに言った。



「叶和さんも、あなたも嘘つきなんですね」


「おいっ、琴音」


「だって、さっきから嘘ばかり」


「いろいろ事情があるんだよ」


「余計なことを言いました。ごめんなさい」



「叶和の嘘」って何?



「あの……叶和はどんな嘘をついていたんですか?」


「『これでいい』」


「それがどうして嘘なんですか?」


「嘘だから」


「芦屋さん、こいつのことは気にしなくていいから」


「……鍵、ありがとうございました。失礼します」




店を出てから、琴音という人に言われたことに苦笑した。


まるで本当に「嘘」ってわかってるみたい。

初めて会う子に見透かされるなんて思ってもみなかった。


叶和と会って、ちゃんと話をしたい。忘れられるわけがないない。


それでも、朝起きて会社に行き、家に帰って寝る。

叶和がいなかった頃と同じ、当たり前の毎日を過ごすしかない。

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