第29話

FILOUのドアには「CLOSE」の札がかけてあったけれど、ドアに手をかけたら閉まっていなかったのでそのまま開けた。



入ってすぐに、知らない女の子がカウンター席に座ってこちらを向いているのが目に入った。

叶和は、テーブルの上に座って下を向いていたけれど、ゆっくりと顔を上げた。


何だかわからないけれど、変な感じ。



カウンター席にいた女の子がわたしの方へ歩いてきた。

そして、目の前に立つと言った。



「叶和のこと返してもらうから」



返す? 返すって何?

叶和はモノじゃない。


それに誰?



「あんた、芦屋沙也加でしょ?」



その声には聞き覚えがあった。

確か、唯可という名前の、叶和を襲わせて怪我させた子。


自分がやったことは棚に上げてどうしてそんなことが言えるのか理解できない。


すぐ目の前に立っている唯可は、わたしをずっと睨みつけている。

若そうな子だとは思っていたけれど、21か22くらい。



「決めるのはわたしじゃない。叶和だから」



人を使って怪我を負わせるような人のところへ、叶和が戻ったりするわけがない。



「叶和は私を選ぶに決まってる」



唯可が自信たっぷりにそんなことを言った。


叶和がそんなこと望むわけがない。


でも、唯可はわたしに勝ち誇ったような笑顔を見せた。


同時に、叶和がわたしとは目を合わさずに言った。



「……唯可が許してくれるなら……戻りたい」



その言葉に叶和を見た。

今の……叶和の口から出た言葉?

どうして?



「あんたじゃだめだって」



唯可はわたしの耳元でそう囁くと、叶和の元へ駆け寄った。

そして叶和の体に自分の手を巻き付け、胸に顔を埋めた。

叶和はそんな唯可に上を向かせると、彼女にキスをした。



叶和は……女の家を転々として、何かしてくれた相手にはその代償として、キスをして、望まれるままに体の関係を持つ。そんな生活をしていた。

でも、そんなの好きでやっていたことじゃない。そう言っていた。



叶和はキスをしながら、唯可をテーブルの上に組み敷いた。

やがて、その手が唯可の短いスカートの中へ滑り込み、指先で絡めるように下着を下ろすのを見て背を向けた。



急いで店を出て、遠くへ、遠くへ――



いくら他にお客さんがいないからって、店の中で?

やりたいなら2人だけになってからすればいいのに。

わたしがいる前で……始めなくたっていいじゃない……


叶和は……変わったんだと思ってた。

だから叶和が彼女を選ぶことはないって思ってた。

自分を傷つけた人間のところへ戻るわけがないって……


あんなものを見せられるために、店になんて行って、バカみたい。


絶対に泣いたりしない。


泣かない。


泣きたくなんかないのに。


涙の止め方がわからない。

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