第26話

普通。

「普通」の定義なんて人それぞれなんだろうけど、「普通」としか言いようがない。

一番最初、初めて会った時あんなに警戒していたのが嘘みたいに、叶和との毎日は至って普通だった。



家族のことを聞かれ、父が子供の頃亡くなり、母はわたしが大学生の頃亡くなったことを伝えた時、昔付き合っていた彼のことを思い出してしまった。




*****


母が亡くなった時、頼れる親戚もいなくて、どうしたらいいかわからないでいたわたしに、当時付き合っていた彼は不機嫌な態度を示した。



「お父さんが子供の頃亡くなってたことは教えてもらってたけど、沙也加のお母さんが水商売してたなんて初めて知った。正直、騙された気分」


「言ってなくて、ごめん」



どうしてわたしはこの人に謝ってるんだろう? そう思いながらも彼に謝った。


確かに、そういう仕事が好きじゃない人がいるのは知っていたけれど、それはわたしのせいだった。

父の死後、わたしは学校に行けなくなって、ご飯も食べなくなった。だから目が離せない状態だったんだと思う。専門のカウンセラーにもお金がかかった。

だから、母は昼間仕事をすることができなくなった。

頼る人もいなかったから、夜できる、実入りのいい仕事に就くしかなくなった。



「男に媚び売って酒飲ます仕事だろ? ちょっと……親がそういう仕事してた人と付き合いがあるのは、うちの親もいい顔をしないと思うんだ」



どうしてそんな言い方になるの?

あなたの親じゃなくて、あなたの気持ちは?

それに、その話は今しなくちゃいけない話?

故人を敬う気持ちとか持ち合わせてないの?


彼の一言一言に疑問を感じながらも、その言葉をのみこんだ。



「君は、ちゃんと大学も行ってるし、業界では有名な会社に就職が決まったくらいだから、良い家庭環境の元に育った子だと思ってたよ」



つまり、わたしの家庭環境は「良くない」と言いたいってことなんだね。



「これからひとりでがんばらないといけないのはわかるけど、君の……家庭環境を両親も受け入れるかどうか……」



「君」って呼び始めたのは会話のどの辺りからだった?

親の話になった辺りからだった?

「親」とか「両親」とかそういうワードでごまかしてるけど、「あなたが」そう思ってるってことだよね?



「うちは、ほら、父も僕も銀行員だから」


「わかった。短い間だったけど、今日で終わりにしよう。今までありがとう」



わたしの別れの言葉に、彼はため息をついただけだった。

お悔やみの言葉さえも言われなかった。


母とわたしだけのお別れを済ませた後、お線香をあげにきてくれたのは、母の働くお店のマネージャーと、女性たちだけだった。



きっとこれは罰なんだと思った。

あの時、言いつけを守らなかったから。

父の死も、母に苦労をさせたことも、全部わたしのせい。

あの時、「危ないからだめよ」って言われたのにそれを守らなかったから。


*****




「沙也加?」


「あ、ごめん。なんかちょっと昔のこと思い出して、ぼんやりしてた」


「聞くんじゃなかった。オレが沙也加と一緒にいるの、沙也加の親が悲しむんじゃないかって心配になって聞いたんだけど、ごめん」


「叶和のご両親は?」



わたしの質問にはただ笑って返されただけだった。


でも、「お母さんが優しい人だったから、沙也加も優しいんだ」と言われて、泣いてしまった。


お母さんは優しい人だったよ。わたしもね、ずっとそう思ってた。


叶和はわたしが泣き止むまで、何も言わず頭を撫でてくれた。

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