第22話

朝起きると、叶和は、いつ移動したのか床に座って寝ていたけれど、わたしの立てた音にビクッとして目を覚ました。



「おはよう。眠れた?」


「眠れた。こんなによく眠れたのは……すごく久しぶり……ありがとう」



床で寝てたのに眠れたの?



「良かったね。朝は……昨日のパンがまだあるんだよね」


「フランスパンあったよね? キッチン使っても良かったらフレンチトーストみたいなの作るよ?」


「料理するの?」


「前は休みの日によく――何でもない。牛乳と卵ある?」


「あるよ。でも、体痛くない?」


「大丈夫」


「作り方教えてよ。一緒に作ろう」



2人でキッチンに立った。


叶和は「大丈夫」と言っていたけれど、うちのフライパンが鉄製の重いやつなのを見てちょっと顔を顰めた。

どうやら重い物を持つのはまだ辛いみたいだけど、それを言葉には出さない。



「叶和のこと話して。どうして……キス……がお礼なの?」


「おはようのキス、おやすみのキス、ありがとうの代わりには気持ちいことをしてあげないといけない。だから――」


「もうそれ以上言わなくていい! それ誰が言ったの?」


「最初に拾ってくれたひと。次に家に置いてもらったひとにも同じようなことを求められた」


「わたしはそんなこと望んでないから。朝起きたら『おはよう』、寝る時も『おやすみ』だけでいい。『ありがとう』は『ありがとう』という言葉だけ。いい?」


「沙也加がそれでいいなら」


「それから、どうしていつも床で寝てるの? ベッドじゃなくて悪いとは思うけど……ソファじゃ眠れない?」



叶和が俯いて、聞き取れないような小さな声で言った。



「……床だと……すむから」


「ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってもらってもいい?」


「……床にいたら、やらなくてすむから。床は痛いから嫌だって言われてて……夜とかいきなり起こされてしなくてすむ……」



それって……叶和もしたくてしてるわけじゃないってこと……?

床で寝てたらしなくてすむから……そういう意味……だよね?

そんな理由で……



「わたしはそんなことしないから、お布団買うまではソファで寝て」



そう言うと、叶和は困ったような顔をした。


今まで誰かが泊まりにくることなんてなかったから、お客様用の布団すら家にない。だからネットで布団を注文した。



わたしが部屋の掃除をしていると手伝おうとするから、「これでゲームでもしておいて」と、自分のスマホを渡した。

まるでお母さんが、じっとしていてほしい子供に渡すみたい。



叶和のスマホには何にもアプリが入っていなくて、ネットを見るためのブラウザすら削除してあるから、本当に電話しか使えない。

その電話すら、登録されているのはバイト先と柊ニさん、そして「オーナー」という名前の番号だけ。

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