第20話

「横にならない方が楽なんだよね?」


「うん」


「じゃあ、ソファに座って」



ソファに座った叶和の足にモコモコしたスリッパを履かせた。



「靴下だと脱ぎ着が大変かと思って。でも裸足だと寒いでしょ?」



叶和はゴソゴソと着ているスウェットのポケットに手を入れ、折りたたんだ紙幣をわたしの前に差し出した。



「あげる」


「あげるって、お金を?」


「いろいろ迷惑かけたから。オレ何もできないのに」


「お金持ってるんだったらどうして病院へ行ったり、ちゃんと住むとこ借りたりしないの?」



また黙り込む。



「ねぇ、少しくらい教えてよ。叶和のことよく知らないのに家へ連れて帰ったんだよ?」



叶和は目を伏せたままだったけれど、お構いなしに質問を続けた。



「仕事はあのBar?」


「……そう」


「社員?」


「バイト」


「社員にならないの?」


「……身分を証明できるものがない。だから家も借りられない」


「どうして……」


「言いたくない」



身分を証明できないって、どういうことなんだろう?

住民票とかマイナンバーカードとか、あるのは当たり前だと思ってた。


確かに、何もなかったら、家も借りられないし、家がないと正社員として働くところは見つけられない。

だからバイト?


でもスマホを持ってるよね? どうやって契約したんだろう?

自分の名義じゃないのかな……



「……こんなことになったのって、わたしのこと庇ったからだって聞いたよ? どうして庇ったりしたの?」


「今まで会ってきたひとの中で沙也加が1番優しかったから」



答えに、なってないよ……わたしはちっとも優しくなんかない。



「優しくなんかないよ」



心の中はぐちゃぐちゃで、酷いこといっぱい考えてたのに。



「沙也加は優しい。足、あったかいし」



嬉しそうな顔で、足を上に上げようとしてすぐに顔を歪めた。



「痛いの?」


「今のはちょっとだけ痛かった」


「何をしたら痛い?」


「横になるのと、起き上がるのと、息をする時。お腹に力入れたら痛かったりするけど、耐えられない程じゃない。じっとしてたら何ともない」


「歩くのは?」


「大丈夫。最初に比べたら全然マシだし、もうそんなにひどくない」


「……体、見てもいい?」


「いいよ」



叶和の着ているトレーナーをそっと、めくった。

トレーナーの下には何も着ていなかったから、すぐに無数の痣が目に入った。

本当に、痣がないところの方が少ないくらい。



「キスなんてしなければ良かったのに」


「……お礼を待ってるのかと思ったから」



わたしがスマホを渡した後、すぐに立ち去らなかったから?

キスされるのを待ってると思ったってこと?



「間違ってる。お礼は『ありがとう』って言葉だけでいいの。わたしはそれでいい。だから、もうあんなことしないで」


「……うん」


「お腹すいた? でも今日は買い物に行ってないからパンしかない。夜ご飯パンにするつもりでいっぱい買ったから。それでもいい?」


「いい」


「飲み物は、コーヒーでいい?」


「うん」


「嘘つかないで。コーヒー苦手でしょ?」



叶和はじっとわたしの顔を見て、答えを探しているようだった。



「正直に答えていいよ」


「あまり……好きじゃない。苦いから」


「カフェオレは? スティックのだけど」


「それがいい」


「わかった」



買ったパンを半分にカットしてお皿に並べると、テーブルがパンだけでいっぱいになった。

それを見た叶和は「これ、全部ひとりで食べるつもりだった?」と驚いた顔をした。

本当に、どうして?ってくらい買っていた。

まるで、今日は誰かと一緒に食べるみたいな量だった。


カフェオレの入ったマグを叶和の前に置くと、「ありがとう」と言われた。

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