第18話
よく知りもしない男について行って、その男の家に行くとかありえない。
そう思ってるのに、そのありえないことを今している。
人質になってるパンなんて、また買えばいいのに。
ついて行くなんて馬鹿げてる。
叶和のことだってよく知ってるわけじゃないのに。
ついこの間会ったばかりなのに。
亜弥美だって『近づかない方がいいタイプ』って言っていた。
だから近づかない方がいい。
殴られたのだって、わたしにあんなことしなければ良かったわけで、そうしたのは叶和自身のせいで……
柊ニはわたしとの間に少し距離をとって歩いているから、いつだって逃げることはできた。
決して捕まえられているわけではない。
それなのに、わたしは彼のほんの少し後ろをついて歩いている。
連れて行かれたのは、カフェからそんなに遠くない、ごく普通の賃貸マンションだった。
柊二は部屋の鍵を開けると、ドアを持った状態で、わたしに先に部屋へ入るよう促した。
すぐ後ろに立たれているから、もう逃げられない。
今まで逃げる機会はずっとあったのだから、今更そんなふうに考えるのはおかしいのだけれど……
カバンを腕にかけて、いつでも電話が出来るよう、手にはスマホを握りしめた。
そんなわたしの姿を柊二は特に止めようともしなかった。
「早く入って」
靴を脱いで、きちんと端によせると、部屋の奥へ進んだ。
地味な、どちらかというと何もない、普通の大学生が住むような部屋。
入ってすぐ目に入ったベッドの上で、叶和は壁にすがって座っていた。
「叶和」
柊二の声にこちらを向いたけれど、相変わらずきれいな顔。
殴られたようには見えないけど?
わたしの心の声が聞こえたのか、柊二は聞いてもいないのに教えてくれた。
「顔だけは無傷。でも身体中あざだらけだから。やることえげつないよな。ちゃんとした病院には行けてないけど、肋骨を骨折したくらいで後はひどい打身ですんでるらしい。それも計算ずくっぽい。ケーサツ呼ばれない程度にやりやがった。横になると痛いみたいで、ほとんど座ったままでいる」
「ちゃんとした病院に行ってないってどういうこと?」
「FILOUのオーナーの知り合いに医者がいて、個人的に診てもらった」
「どうして病院に行かないの?」
「どうして、か……それはあんたの常識で、俺らにとってはこっちが普通。とにかく、連れて帰って」
「どうしてわたしが?」
「『どうして』ばっかだな。さっきも言ったけど、あんたのせいでこうなったんだから」
「あなたは友達なんじゃないの? 男同士なんだから、このままあなたが一緒にいたらいいじゃない」
「俺もいろいろあるんだよ」
「でも――」
わたしたちの押し付け合いみたいな会話を聞かせてしまっていることに気が付いて、叶和を見た。
でも、叶和は無表情のままどこかを見ていた。
「叶和、この女のとこへ行けよ」
「今、オレ、役立たずだけど……」
またそんなこと……
その言葉にぎゅっと胸が痛くなった。
「そんなつもりで泊めるんじゃないからね」
思わずそう言っていた。
放っておけるわけがない。
だから、ずっと関わらないよう、自分に言い聞かせてたのに……
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