第39話 適合

 ルイスのもとへ戻ると、アイツは俺の身勝手な行動に怒るどころか、むしろ喜んでいるように見えた。だからといって、何も言われなかったわけじゃない。俺の血液によって蘇生された篠田に、どんな副作用が起きるか不確定のまま外に出した事について説教された。冷静に淡々と問題点を突き付けられるのは、一方的に怒鳴られるよりも心にくる。  




 次の日の朝を迎えると、篠田はすっかり元通りになっていた。精神状態は安定し、膨れ上がっていた顔の腫れもひいていた。篠田はあの家での出来事をすっかり忘れており、家のソファで横になった後の事は全く憶えていないと言う。




 殴った本人である俺だから分かる。あの顔の腫れは一日で元通りになるダメージじゃない。骨を砕き、肉を弾いた感覚が、今も俺の手に残っている。俺の手で篠田を殺してしまったとも思っていた。




 だが、篠田は何事も無く今も生きている。傷の治りに関しては俺も自信があるが、ここまでの早さは流石に異常だ。




 なにはともあれ、この件をキッカケに、篠田に対するルイスの探求心は更に深まる事になった。今では篠田に付きっきりになり、他の研究は投げ捨てて、篠田一人に集中している。車椅子で何処までも追いかけてくるルイスに、日に日に嫌な顔をするようになり、最近では容赦なく罵倒を放っている。




 まぁ、色々とあったが、陰湿なルイスの研究部屋は賑やかな場所になった。なんというか、孫を可愛がる爺さんと、それを嫌がる孫。そしてそれを見守る婆さんみたいな感じだ。血が繋がっていないだけで、三人は既に家族同然の関係になっている。それがどうしてか、自分の事のように嬉しい。俺は三人の輪の中にいないというのに。




「相馬響。このままでは君は、退学になるぞ?」 




 七月中旬。コーヒーを飲んでいると、突然ルイスが俺に宣告してきた。 




「退学? 退学って?」




「……君は自分が学生だという事を憶えているかい」




「……あ」




「ハァ……君は興味深い研究対象ではあるが、つくづく頭を抱えさせる馬鹿だな。この上にある学校は確かに自由をモットーにした異例の学校だが、それでも一般的な学校と一つだけ共通点がある。単位だ。一定の単位を超えなければ、そこで終了。君の将来はお先真っ暗だ」 




「……今から死ぬ気でやれば間に合うか?」




「無理だね。三ヶ月ごとに全生徒の単位が集計され、一定基準を超えていない生徒は問答無用で退学という名の処分だ。この学校は色々と闇が深くてね、どうなるかは僕にも想像がつかない。少なくとも、文字通りの意味でお先真っ暗にはなるだろう」




 人間関係のトラブル解決のせいで、学問を疎かにしていたツケがきたか。退学になってもここに居つけば住処には困らないが、いつまでもこんな地下で暮らすのは耐えられない。俺は地底人じゃないんだ。




 だが、ルイスの話では俺が残りの期間で一定基準の単位を得る事は不可能。普通の方法では、もうどうにもならない。




「まったく、手が掛かる研究対象だな……これに参加したまえ」




 ルイスが一枚の紙をテーブルの上に出し、俺の前に差し出してきた。見ると、それはイベントの報せだった。




「これは過去に生徒が考えたイベントの一つだ。これに参加し、見事完遂出来れば、無条件で次の学期を迎えられる。言うなれば、落ちこぼれの為の救済システムだ」




「イベントの内容が書かれていない」




「そのイベント自体、表立ったものではないからね。内容はおろか、過去に行われた際の記録は残されていない。だがイベントによって救済された学生は確認出来た。そしてそのイベントが行われる前と後で、在学中の生徒の数が減っている事も分かった」




「つまり……ヤバいイベントって事か?」




「君向きだろ?」




「……悪くない。多少のリスクで退学が免れるなら、儲けもんだ」




 イベントの紙の下にある欄に自分の名前を書き、ルイスに返した。ルイスは紙を受け取ると、ルミナスに手渡し、ニヤける口を隠すようにコーヒーを飲んだ。この感じからして、最初から俺をイベントに参加させるのが目的だな。




 まぁ、このままでは退学になる事は確かだ。多少の危険を冒してなんとかなるなら、参加しない理由がない。さて、どうなる事やら。

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