第37話 支度
陽が昇り始めた頃。俺達は篠田の家に辿り着いた。周囲に建っている家と似たような二階建ての一軒家。庭と呼べるスペースも無く、駐車する場所の無い車が路上に停めてある。
篠田が扉の前まで行き、インターフォンを鳴らそうと手を伸ばすが、ボタンを押す寸前、その手を引っ込めて一歩下がってくる。これで四度目だ。
「一歩進んで一歩下がって、準備体操でもしてんのか? インターフォンぐらいさっさと押せよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 自分のタイミングでいかせて! 凄く緊張してるんだから……!」
「緊張する事ないだろ。ベル鳴らして、出て来た父親か母親に挨拶を交わして家の中に入る。ただそれだけだろ」
「私は相馬みたいに軽く行ける感じじゃないの! 私は、ほら! 体も動かせて、声だって十分出せるようになった! どうやってそれを報告しようか、言葉に迷ってて……」
それにしたって進展が無さ過ぎる。今の俺達は傍から見ればおかしな男女として見られかねん。初めてピンポンダッシュする女を見守る男か、あるいは新手の宗教勧誘か。どちらにせよ、不審な事に変わりない。
尚も渋る篠田の代わりに、俺はインターフォンのボタンを押した。篠田が文句を言いたげな表情でこっちを睨んできたので、何か言われる前に頭をワシャワシャと撫で回した。篠田は文句の代わりにため息を吐き、乱れた髪を手で整えると、扉が開くのを待ち構えた。
しかし、いつまで経っても扉が開く気配が無い。もう一度インターフォンを鳴らしてみたが、何も変わらない。なんとなく扉のドアノブを捻ってみると、扉がガチャッと音を立てた。鍵が開いているようだ。
「篠田の家は鍵を掛けない系か?」
「どうだろう……家にいた頃は、鍵を掛けてたはずだけど……」
扉を少しずつ開いていき、隙間から中の様子を覗き見た。家の中から物音は一切せず、玄関先にある廊下が新品のように思えた。何か様子がおかしい。
家の中に入って靴箱を確認すると、あまり履いた形跡の無い靴や履き慣れた靴も置かれていた。少なくとも、家の中にはいるようだ。
「……お邪魔します」
篠田も俺と同じ違和感を覚えたのか、俺の左腕に軽くしがみついてくる。玄関から一番近いリビングに入ると、文句の一つも無い程に綺麗に整えられていた。机の上やテレビには埃一つ無く、棚に入れられている本や皿は綺麗に並べられている。篠田の母親か父親は掃除が好きなのだろうか。
だからこそ、食卓に使われる机の上に置き去りの二つのカップに違和感を覚えた。見ると、カップの底にはコーヒーが淹れられていた痕跡がある。カップを鼻に近付けて匂いを嗅ぐと、もうコーヒーの匂いは消えていた。
「ねぇ。なんだか、変な感じがする……」
「……篠田。お前ここをちょっと調べてろ。もしかしたら、書き置きか何かあるかもしれない。俺は別の部屋を探す」
「え? でも―――」
「いいから。とにかくここにいろ」
篠田をリビングに置き去りにして、俺は別の部屋を探してみる事にした。一階の浴室・和室・物置は、リビングと同じく綺麗に整えられており、最近使われた形跡が無い。
二階に上がり、左右にある部屋から、左側にある部屋の扉を開けた。少し開けた隙間から、ここまで嗅いだ事も無い異臭が漂ってくる。その瞬間、部屋の中がどうなっているのか想像出来てしまった。
「……ここだけゴミ屋敷ってだけだろ」
確実と断定出来る想像を信じず、現実逃避をしながら部屋の扉を開けた。部屋の中はゴミ一つ無い綺麗な状態だ。広い部屋の中は左右で模様が違い、見た感じでは左側が母親で、右側が父親が使うスペースなのだろう。とにかく、部屋に異常は無い。
異常があるのは、部屋の中央に倒れた二つの椅子の上にぶら下がったソレら。鼻を壊す勢いの異臭を放つソレらは、互いの手にしがみつくように繋がっている。部屋に飾られた写真を見るに、天井から吊るされたソレら、もとい二人が篠田の両親で間違いはなさそうだ。
「……くそっ。なんて報告すりゃいいんだよ」
この状況、この現実を篠田にどう言うべきか。声も体も自由自在に出来るように回復したというのに、それを第一に報告したい両親はもういない。知れば落ち込むどころか、最悪の場合、両親の後を追いかねない。
俺の血液でどうにか出来ないかを考えてみた。篠田にやったように、俺の血液で二人を生き返らせられるかもしれない。でも、何度考えてみても、それが不可能な事だと理解してしまう。ルイスが俺の提案で篠田を生き返らせたのは、善意からではなく、あくまでも探求心からだ。その探求心も、篠田の蘇生が出来てしまった事で消えている。
リビングに戻ると、篠田は我が家を堪能していた。
「あぁ、ごめん。すっかりくつろいじゃってた。久しぶりの我が家だったから。やっと……やっと自分の家に帰ってこれた」
「……そうか」
「それで、お父さんとお母さんはいた?」
「……その事だが」
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