第36話 散歩
ルイスとルミナスによる心無い言葉によって、篠田は部屋に閉じこもってしまった。何度かルミナスが様子を見に行っていたが、目も合わせてくれなかったようだ。
そして現在、深夜一時。珍しくルイスが寝ており、ルミナスは何処かへ行ったようで姿が見えない。俺は冷蔵庫から缶コーヒーを二つ手に取り、篠田が閉じこもっている部屋に向かった。
部屋に入ると、篠田は部屋の隅で膝を抱えて座っていた。目の前にまで近付いても、顔を上げようとしない。
「気分はどうだ?」
「……最悪」
「だろうな」
缶コーヒーを一つ篠田の傍に置いた。
「……私、コーヒー飲めない」
「貰える物は貰っとけ。それより、少し散歩しないか?」
「散歩? でも、私達はここから出ちゃいけないって、あの二人が……」
「外の空気を吸うくらいならいいだろ。ほら、立てよ」
少しの間の後、篠田は自分の傍にある缶コーヒーを手にしながら立ち上がった。篠田の手を引っ張って部屋から出ていき、エレベーターで一階に上がって建物から外に出た。
外に出ると、夜空に浮かぶ月と星の輝きが僅かに暗闇を照らしていた。少し先が見えないが、お互いの姿は見える程度の明るさ。篠田と繋いだ手を離さぬように歩いていき、校門を出た。
そこから先の道は街灯が照らし、手を繋ぐ必要が無くなった。繋いでいた手を離そうとするが、篠田が強く俺の手を握っているせいで離せない。仕方がないので、このまま手を繋いで歩く事にした。
しばらく歩き続けた頃。ようやく篠田は疑問を持ち、明らかに挙動不審になっていた。
「ね、ねぇ。何処まで行くの? もう随分歩いて、学校が見えなくなっちゃったけど」
「篠田の家に行くんだよ」
「篠田の家……って、私の家!? え、でも、行っちゃ駄目だって……」
「両親に元気になった姿を見せたくないのか?」
「……報告したいけどさ」
「なら行こう。どんな形であれ、自分の子供が家に帰ってきて喜ばない親はいない……と思いたい」
「でもそしたら、相馬が怒られるんじゃないの? それに私の家、あの病院から車でもニ十分は掛かる場所にあるし。何時間も歩く事になるよ」
「不安な事しか喋れないのか? 俺にもお前にも足がある。足があれば、例え数万キロ先にだって辿り着く事が出来る。お前は親に何を言うかだけを考えてればいい」
片手で缶コーヒーを開け、飲みながら歩いた。ルイスのコーヒーを飲み慣れたせいか、無味無臭の水のような味に感じる。
「……ねぇ、相馬。相馬は家族と会いたくないの?」
「え? あー、それがさ。家族に関する記憶だけはどうにも思い出せないんだ。ほとんどの記憶を取り戻したつもりなんだがな。例えるなら、箱の中に入れた記憶があるのに、次に開けた時にその箱の中に入ってないみたいな」
「もしかしたら、相馬が思い出したくないから戻らないのかも」
「う~ん。体はまだしも、記憶ってのは脳だからな。叩けば思い出せるかもな」
飲み干した缶コーヒーを捨てるゴミ箱を道行く先で探したが、中々見当たらない。自販機は点々とあるが、ゴミ箱は設置されていなかった。仕方がないので、ポケットに入れておく事にした。
時間を示す物も景色の変化も無く、どれくらいの時間が流れたかは分からない。俺達はとにかく足を進めた。途中休憩を挟もうと考えていたが、篠田に疲れた様子が無かったから、休まず歩き続けた。会話はしていたが、お互い相手の趣味や好きな物が分からず、あまり長続きはしない会話だった。
それでも、気まずい空気にはならない。むしろ、時間が経てば経つ程、歩けば歩く程、俺達は歩幅を合わせるようになり、今では隣になって歩いている。
すると、前方にあの病院が見えた。病院の入り口にはテープが貼られており、出入りが出来なくなっていた。あの日の出来事が脳裏に流れ、火傷痕が全身にある大男の姿が思い出される。出くわさない事を願いながら、俺達は病院を通り過ぎていった。
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