第35話 第二の人生
午後十一時三十分。少し早めの昼飯だ。中華・和食・洋食、およそ十人前程の様々な料理が机の上にズラリと並んでいる。そんな大量の料理を篠田は一人で食らいつく。喉を詰まらせないようにゆっくりと、ペースを落とさずに。
「篠田様。お次はこちらをお召し上がりになりますか?」
空になった篠田の取り皿にルミナスが次の料理を盛り付けていく。篠田は言葉一つ口にせず、額に汗を流しながらひたすら料理に食らいつく。まるでフードファイトだ。
「……なぁ、ルイス。これがお前の言っていた障害ってやつか?」
「いや、これは単なる空腹状態なだけだろう。君の血液を投与した事により、篠田真理の体には君と同等の生命力を宿した。しかし、彼女の体は見て分かる通り貧弱だ。宿った力が見合わぬ体の成長を促しているんだ」
「どのくらい食えば収まるんだ?」
「さてね。予想より少し多めに用意したが、足りないかもしれない。もし足りなければ、芋でも食わせればいい」
見た感じ、半分程平らげてもまだ余裕そうだ。相当な量を食べたというのに、篠田の腹が膨れていない。体と食べた量が合わないってやつだ。
何はともあれ、こうして元気に飯を食ってる姿を見れて安心した。以前の篠田は、飯をわざわざ崩して食べなければ飲み込めない程に体が弱かった。それが今じゃ、よく噛んで、飲み込み、次の一口を口に運んでいる。
篠田が食べ始めてから三十分後。机の上に並べられていた大量の料理が全て空になった。当然、それらを食べたのは篠田。篠田はルミナスに口を拭かれると、手を合わせて深々と頭を下げた。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
「いっぱい食べれて偉いですね」
「これだけの量を一人で完食するとは……」
「えへへ……! その、なんだか凄くお腹が減ってて。こんなに沢山食べたのは、生まれて初めてだよ」
「体は大丈夫なのか?」
「うん! これでもまだ足りないくらいだよ!」
「デザートも用意してあります。こちらのお皿を片付けた後、デザートにしましょうか」
「やった!」
ルミナスは積み上げた皿の塔を持ち上げ、キッチンスペースに運んで行った。バランスもそうだが、重さも相当なはずなのに、涼しい表情で持っている。メイド服で体が想像出来ないが、相当な筋肉量があるに違いない。まぁ、ルイスに尽き従うなら、あれくらい出来なきゃ務まらないか。
「あの、今更な気がするんですが……私って、死んじゃったんですよね?」
篠田が俺に向けて質問してきた。俺は顔をルイスの方へ向け、質問の回答をルイスに転換する。ルイスは吸っていたタバコを灰皿に捨て、新しいタバコを口に咥えて火を点け始めた。
「ああ。君は一度死んだ」
「え……じゃあ、ここはあの世?」
「三途の川を超えた先がこんな場所なら、随分と夢が無いな。君は確かに一度死んだ。だが、生き返ったんだ。そこにいる相馬響の血液によってね」
「相馬の血液?」
ルイスは「今度はお前が答えろ」と言わんばかりの視線を俺に向けてきた。馬鹿な俺に説明を促すのは悪手だろ。
「えっと……つまりだな。弱くなったものを強くしたんだ」
「……どういう事?」
「一体何を言ってるんだ君は?」
「ルイス、お前ブン殴るぞ? えっと、まぁとにかく! 篠田の体は前より元気になった事だけは確かだ!」
「……確かに。今は普通に声が出せるし、自力で歩く事も出来る。あんなに長い間、病院にいたのが馬鹿みたい」
そう言いながらも、篠田は自分の手を見ながら笑みを浮かべていた。手を開いて、握る。この動作が普通に出来る事に歓喜していた。
すると、ルミナスがデザートを運んできた。それぞれの前にデザートが乗った皿が並べると、ルミナスは何処からともなく取り出したクラッカーを空中に向けて発射した。パーンという弾けた音が部屋中に響き渡ると、紙吹雪が俺の頭の上に積もっていく。
「篠田様。改めて、ご生還おめでとうございます。これからの第二の人生、共に楽しみましょう!」
「あ、ありがとうございます……第二の、人生?」
「はい。篠田様はこれから私達と共に生活する事になります」
「え? え、えぇ? いや、私、両親に会って報告したいんですけど……」
「それは出来ない。君はあの病院で殺された事になっている。遺体が未発見の状態でね」
ルイスが見せてきたタブレットの画面を見ると、そこにはこう書かれていた。
【入院患者による無差別殺人事件】
その事件は、俺が篠田を病院から連れて来た時に起きた事件だった。その道中、俺は火傷を負った大男に襲われた。犯人はあの大男だろう。
「君達が入院していた病院の半数が犠牲になった。患者も、職員も。捜査は難航状態で、犯人は今も逃走中らしい」
「……すんません」
「どうして君が謝る……あ、まさか仕留めそこなったか?」
「いや、あの時は篠田が最優先事項だったからさ」
「なら、次はこの犯人を捕らえる事だな。担当医が殺された以上、犯人の顔は君しか知らない。責任を持って、懲らしめてこい」
「でもさ、俺が外を出歩けるなら、篠田も―――」
「君が死んでも何ら問題無い。現に君の名前だけが被害者リストに載っていない……妙だな? どうして君の名前は載っていないんだ?」
「自分で言っておいて疑問を抱くなよ。篠田も何か言ってやれ。文句の一つや二つ、は―――」
篠田は静かに涙を流していた。誰も気付かぬ内に、泣いていた。どうして泣いているかなんて、理由は明らかだ。
「……私は……二度と、親に会えないんですか……?」
「無理だ。世間では君は死人扱いにされている」
「で、でも! 私はちゃんと生きてます!」
「死んだ人間が生き返った。この事実を広めるのは、あまりにもリスクがある。それは君自身だけではなく、君の両親にも負われるリスクだ。死んだ人間を生き返らせる事が禁忌とされるのは、そういうものなんだよ」
そこから、篠田は何も言わなくなった。さっきまで賑やかだった空気が急に静まり返り、気まずい空気が漂っている。
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