第34話 遺伝
サンドイッチを一口齧った。チキン・豚・卵・ツナ・化学調味料等々。それらを柔らかい大きめのロールパンで挟んだサンドイッチの味は、どれがメインか分からない程に混雑している。言うなれば、争いの味だ。
ルイスの部屋に術後観察という体で監禁されてから三日目。娯楽の無い監禁生活で唯一楽しめるのは、食事だけ。食事が終われば、血液検査や運動能力チェックが朝昼晩にそれぞれ一回ずつ行われる。刑務所の方が人権がある生活だ。
三つ目のサンドイッチを食べ終え、まだ湯気が立つコーヒーを一口飲んだ。苦味よりも香ばしさが強いコーヒーの後味は何らかの果実でスッキリとしていて、とても飲みやすい。特に味が混雑していた料理を食べた後だと、普通の水やジュースよりも助かる飲み物だ。
「それで? 俺はいつまでここに監禁されるんだ?」
「新種の蚊が南米で発見されたようだ。通常の蚊の五倍程の大きさらしい。興味深いね」
「ナチュラルに俺の話を無視するなよ。その耳をパンに挟んで食ってやろうか?」
「ルイス様のお耳を挟んだパンですか……でしたら、ハニーマスタードで味付けをしてから―――」
「本気で受け取らないで? 君達はどうしてそうも真反対なんだ。片や話は聞かず、片や冗談を鵜呑みにしてさ。よく同じ空間にいられるな」
「ルイス様と私は、深く繋がり合っていますから」
「僕に仕えるのが当然の責務だからだ」
こんな風に、同じ部屋にいるルイスとルミナスとはまともな会話すら出来ない。昨日なんか、好きな季節の話から、土に生き埋めされた人間の話に発展した。マッドサイエンティストとサイコパス。そんな二人に挟まれた状況下で、初めて自分が馬鹿で良かったと思えた。会話の内容を深く考えれば発狂しかねない。
コーヒーを飲みながら、篠田が眠る部屋を覗き見た。篠田は依然として眠ったままで、目覚める兆しが無い。
「本当に目を覚ますのか?」
「始める前に言ったはずだ。蘇生は出来るがその後は知らん、と」
「俺だったら飯の匂いを嗅がせるがね」
「……ほぉ」
「朝食が足りませんでしたか? でしたら、私が今すぐ買ってきます!」
「あ! さては君、馬鹿だな!」
「相馬様のおかげです。相馬様が私達の輪に入ってくれたおかげで、愉快な空気に包まれています。それに影響されてか、以前よりも心が跳ねております!」
「よーし! それじゃあ今すぐノリの良い曲を用意しろ! 今日はダンサブルじゃー!」
「イェーイ!」
ルミナスは腕を上げてピースをすると、そのままのテンションで部屋から飛び出ていった。あの感じからするに、また色々な物を買って来るな。俺がもう少し賢ければ悪用出来るが、食い物を買いに行かせるのが関の山だ。
ルミナスがいなくなると、部屋は静まり返った。ようやく静かな朝を過ごせると思い、コーヒーを口に含んだ。
「もしや!!!」
「ブフォッ!!!」
急に大声を出したルイスに驚き、口に含んだコーヒーをカップの中に戻してしまった。飛び散ったコーヒーが着ている白いシャツに染み付いてしまったが、俺のシャツじゃないし良しとしよう。
「いきなり大声を出すなよ……何してんだ?」
ルイスは棚から取り出したカップ麺を机に並べていた。
「君はどのカップ麺が好みだ?」
「は? あー、そうだな。普通に醤油かな」
「醤油か! よし!」
「朝からカップ麺は不健康だぞ?」
「僕がこんな物を口に入れるはずがないだろう」
「じゃあ、何で湯注いでんだよ」
待つこと三分。ルイスはカップ麺の蓋を開けると、俺に匂いを嗅がせてきた。醤油味と書かれているが、一切醤油の匂いがしない。だからといって不味そうな訳ではなく、とても食欲がそそられる。
「さっき食ったはずなのに、また腹が減ってきたな。それじゃ遠慮なく―――って、え?」
ルイスからカップ麺を受け取ろうとした俺の手は空振った。カップ麺を手にしたルイスが車椅子を操縦して向かった先は、篠田が眠る部屋。俺も後を追って様子を見ると、ルイスはカップ麺から立つ湯気を篠田の顔に近付けていた。
「……何やってんの?」
「見て分からないか? 匂いを嗅がせてる」
「見て分かってるから聞いてんだよ。あれか? さっき俺が言った言葉を参考にしてるつもりか? 俺はともかくとして、相手は篠田だ。そんなんで起きる訳ないだろ」
今見えている光景があまりにも滑稽で、鼻で笑ってしまった。こんな方法で起きるなら、王子は眠り姫にキスなんかしないだろうに。
そんな俺の考えは、すぐに打ち破られた。篠田の指が、微かに動いた。徐々にハッキリと体に動きが見えるようになると、目を覚ました篠田がルイスの手からカップ麺を奪い取った。目覚めた篠田は以前の病弱っぷりとは裏腹に、まだ熱いカップ麺を一瞬の内に平らげた。
「ふぅ、ふぅ。ごちそうさま……あれ?」
「……ハハハ……マジかよ」
「実に興味深いね」
自分の置かれている状況に困惑しているのか、篠田は挙動不審気味に顔を動かして、最終的に俺を真っ直ぐと見つめてた。その瞳は、衰弱した体には似合わない程、力強い生命力を宿している。
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