第33話 テセウスの船

 ルイスに別室へと案内された。そこには手術台のような椅子が二つ置いてあり、その中央に大きな機械がドッシリと構えている。




「そこの椅子に寝かせて。それから君も椅子に」




 ルイスが機械の設定を弄っている間に、背負っている篠田を右側の椅子に下ろした。吐血は収まったが、呼吸が浅く、目が虚ろになっている。次に症状が現れた時、今度こそ篠田は死ぬかもしれない。




 もう片方の椅子に横になると、設定し終えたルイスが俺の方に体を向けてきた。




「これからする事の簡単な説明だ。この機械は例えるならデカい注射器だ。こいつでまず彼女の血液を一滴残らず吸い取る。その後、君の血液を彼女に流し込む。どれだけの量を輸血する事になるかは分からない」




「ちょっと待て。血液を一滴残らず吸い取るって、大丈夫じゃないよな?」




「ああ。彼女には死んでもらう」




「は?」




 困惑する俺に構わず、ルイスはボタンを押した。椅子から出てきた拘束具に、首と両手両足を拘束された。外そうとしてみたが、拘束位置が嫌な場所にある所為で、力が全く入らない。拘束された首では顔を動かせず、見えるのは天井に設置されている眩しい光だけ。




「人体と血液は、車とガソリンだ。ガソリンが入っていなければ、どれだけ整備が行き届いた車でも動かない。そして入れたガソリンの質が悪ければ、部品が劣化し、普通よりも早く損傷する。彼女の血液の質は分からないが、君の血液は類を見ない程の最高品質だ」




「俺の血液を流し込めば、篠田は生き返るのか?」




「生き返る……と言えば、生き返る。正直言うと、かなり高い可能性で失敗する。これまで実験した植物等とは違い、人体は血液を必要とする部位が多過ぎる。何処か一つでも欠ければ、異常が発生し、生き返ったとしても何らかの障害が生まれてしまう」




「もっとポジティブな言葉をくれよ」




「僕から言えるのは、必ず蘇生が出来る事が最大限だ。それ以外は未知数故に、可能性ばかりの話になる。死んだ人間を生き返らせるのは禁忌の術。倫理の外だ」




「倫理なんか知るか」




「同感だ」




 長く光を見過ぎた所為か、意識が朦朧としてきた。入った時の室内の温度は普通だったはずなのに、今は凄く寒い。




「お前……もう、やってるのか?」




「ああ。お喋りをする為にここへ連れて来た訳じゃない。知っているか? 注射が苦手な子供には、興味を別の事に向けさせるのがコツだ。今のようにね」




「……なんか、眠くないのに……目が、閉じていく……」




「ずっと気になっていたが、どうして君は半裸なんだ?」




「……来る途中、狂人に襲われた……斧、持って」




「君は死神に憑りつかれているのか? まぁ、いい。ルミナスに君達の新しい衣服を用意させておく。僕からは香ばしいコーヒーを用意しよう」




 瞼がゆっくりと閉じていき、視界が暗くなった。感じていた寒さは無くなり、拘束されていた体に解放感が満ちていくのを感じる。俺は今、寝ているんだ。もう一つの世界とも言える夢も視えない深い眠り。すぐに目を覚ます事になる。




 閉じていた瞼が開き、歪んだ視界が正常に晴れていく。ぼんやりとしていた意識もハッキリとすると、コーヒーの香りが鼻を刺激した。香りがする方へ顔を向けると、椅子の上にコーヒーが入ったカップが置かれていた。体の拘束は既に解かれている。




 体を起こし、カップを手にしながら篠田の方へ行くと、彼女は穏やかに眠っていた。以前よりも血色は健康的になっており、呼吸による体の膨らみは大きくなっている。




「お目覚めになりましたか」




 俺と篠田の分の着替えを持ってきたルミナスが部屋に入って来た。




「ルイスは?」




「寝ておられます。ルイス様、全くお休みなさらず、お二人の様子を見守っていたんですよ。一時間程前に、ようやく寝てくださりました」




「どれくらいの時間?」




「もう三日になります」




「三日……へぇ~」




 三日も休まずに俺達を診ていたとは。おそらく観察に熱中していただけだろうが、それでも悪い気分じゃない。意識が落ちる前に言っていたコーヒーも用意されていたし、案外優しいのかもな。




「篠田はまだ寝ているのか」




「ルイス様曰く、彼女の体が相馬様の血液に適応するまで時間が掛かるとか。こうして呼吸をして、心臓を動かせていますが、目を覚ますのは当分先だと。確か、ゲーム機の電源は入っているが、モニターの電源はまだ入っていない状態だとも言っていました」




「ふーん」




「……相馬様、その……寝ている女性の裸を目にするのは、いかがかと」  




 ルミナスにそう言われて、俺はようやく気付いた。篠田が一糸纏わぬ全裸になっている事に。裸だと認識すると、なんとも気まずくなり、コーヒーを口に運びながら視線をゆっくりと逸らしていった。

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