第23話 孤独

 昨日は羞恥心で飯も食えなかった。美人に見つめられながら排泄をするのが、こうも精神的にダメージを負う結果になるとは。しばらくルミナスとは顔を合わせられない。今日は授業を受ける気力が無いし、適当に学校にある建物を散策していよう。




 近くにあった建物に入ると、雑談で賑わっていた廊下に静寂が訪れた。全員俺の姿を視認すると、すぐに顔を下に向け、急ぎ足で教室に入っていく。




「俺は熊か何かか?」 




 一人で学校にいると実感させられる。つくづく俺は、この学校に似合わない人間だと。この学校に入学した奴は、それぞれ学びたい分野があって、それに集中する為に学校へ来ている。




 俺は出会いの為にこの学校に入学して、授業なんか最初の体育以来一度も受けていない。肝心の出会いに関しても、出会う奴は危険人物ばかり。そうじゃない奴からは、今のように危険人物だと認識されてしまっている。このままだと恋人はおろか、マトモな友達すら出来ない。このまま俺は、前にも後ろにも進めないまま腐っていくんだ。肉の塊となった俺は、後から来た人達が通り過ぎていく様を羨まし気に眺める事しか出来ない。




 駄目だ。また良くない考えをしてしまっている。独りになるといつもこんな思考になってしまう。別に死にたいわけじゃないのに、死んだ方がいいと考えてしまう。今回はたまたま自分で気付けたが、次に考え始めた時も気付けるとは断言出来ない。




 気分転換に屋上に上がろう。屋上で空を眺めると、地面に寝そべって見るよりも近くに感じられる。当たり前の事だが、それに気付けたのは実際に屋上で寝そべってみた時からだ。地面から見るよりも近くに感じる空の風景は、まるで自分が空に浮かんでいるかのような解放感に浸れる。




 エレベーターに乗り、屋上のボタンを押そうとした。しかし、この建物のエレベーターには屋上のボタンが無かった。乗ったばかりで降りる気にもならず、突き出した人差し指を迷わせていると、ある考えが浮かんだ。




「確か……二、一、四、だったか?」




 順番にボタンを押すと、エレベーターが動き出した。動いたにも関わらず、扉の上にある階数表示のランプは一階から動いていない。




 エレベーターが止まり、扉が開くと、辿り着いたのはルイスの部屋へと続く白い通路だった。どうやら、どの建物のエレベーターでも、決まった順番にボタンを押せば地下に降りられるようになっているようだ。セキュリティが厳しいのか、緩いのか。




 ルイスの部屋を訪ねると、部屋の中は音楽とコーヒーの匂いに包まれていた。人里離れた場所にひっそりと構えているカフェのような雰囲気だ。




 隅にある机の方へ行くと、ルイスは腕を枕代わりにして寝ていた。ルイスの寝顔を覗き見ると、人の血液を無断で採取するような人物とは思えない程、天使のような寝顔を浮かべている。




 やはり子供か、と思うや否や、机の上に視線を移すと、顕微鏡の隣にある灰皿に吸い殻が数本あった。なら、大人か。 




 ルイスが寝ているのを確認し、俺は顕微鏡を覗いてみた。数え切れない程のピンク色の小さな丸が動き回り、目が回りそうだ。これは一体何なんだろうか。




「自分の血を間近で見れた感想はどうだい?」




 顕微鏡から顔を離してルイスの方を見ると、まだ完全に目覚めていないのか、半目の状態だった。




「これが、俺の血なのか? こんなのが体の中を巡ってるだなんて、なんだか薄気味悪いな」




「だがそれが体内を巡るおかげで、君は生きていられるんだ。血液は人の体の中で最も価値ある物だ」




「それで、何か進展はあったか? 恥を忍んで排泄までやったんだぞ?」




「欠点一つも無い万能薬。神の領域と言える程の発見故に、つまらない結果だ。ここまで欠点が無いと、面白みが無い」




 初対面の時もそうだったが、相変わらず失礼な奴だ。勝手に俺の血を採った挙句、つまらないと評価しやがって。




「なぁ、なんで俺を選んだんだ? 血液を採取すらなら、他にも人間はいるだろ。それこそ上にある学校に」




「君を選んだ理由か? 僕の直感と、ルミナスの観察眼からの選考だ。もう一人候補がいたが、あれに手を出すのはリスクが高すぎる。君が最適だったんだよ。君なら、僕達に危害を加えようとしない」




「そんなに信頼して大丈夫か? 現に今、俺はいつでもお前を半殺しに出来るんだぞ」




「だがそれをしない。する理由が無い。君が暴力を使う時は、決まって何かを守る時だけ。その証拠に、君は入学式の次の日に、手を出してきた生徒に反撃しなかった。そしてその生徒が招いた惨状に、危険を顧みずに飛び込んでいった」




 コイツ、何処で知った? 木村さんと金田信一の件は、俺と水樹しか真相を知らないはず。あの場面を何処かで見ていたのか。しかし、どうやって。




「ルミナスに君の動向を追うように頼んだんだ。昼間は小銭稼ぎをさせているが、それ以外の時間は君を追うように命令している。彼女は、足が動かなくなった僕のもう一つの足だ。身体機能を考えれば、元の僕の足よりも優れているがね」




「酷い奴だな。自分の世話をしてくれてる人間を都合よく使いやがって」




「君も同じだろう。世話役の女から離れて、暴力を好む女の家に寄生している」




「似た者同士ってか?」




「君と同類にされるのはごめんだね」




「お前から言い出した事だろ……」




「……それで? いつまでここにいるつもりだ。お喋りなら十分付き合ってやったぞ」




 そう言って、ルイスは赤い紙箱からタバコを一本取り出した。時間を見ると、ここへ来てから既に三十分が過ぎようとしていた。コミュニケーションは十分とれたし、とりあえず今日の所は帰ろう。




 ルイスのもとから離れ、部屋を出ようとした時だった。




「一つ聞きたい。何故、君はここへ来た」 




 振り返ってみると、タバコを口に咥えたルイスが俺の方を真っ直ぐ見ていた。




「何故って、話し相手を探していたからだよ」




「自分で言うのもなんだが、僕は君に酷い対応しかしていない。血液の採取だって、容易に断れただろう。それなのに君は見返りを求めず、更にはここへ話し相手を求めに来た。その理由を知りたい」




「さっきも言ったろ? 俺は誰かと話したいからここへ来たんだ。血だって、予め教えてもらえば採っていいって言っただろ? なんだ、意外とお前も馬鹿なんだな!」




「……興味深い……いいだろう。この時間なら、君の話し相手になってあげよう。いつでも来たまえ」




 上から目線なのが腹立つが、話し相手になってくれるのはありがたい。今度来る時は、コーヒーでも持ってこよう。

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