第24話 他人事
「君の夢はなんだい?」
「開幕早々、将来の話かよ」
缶コーヒーの蓋を開け、飲みながら考えてみた。彼女を作って大人になるってのは、質問の回答にはならないだろう。なりたい職業とか、成し遂げたい事とかを聞きたいのだろう。職業は、まぁ飯が食える銭を稼げるなら何でもいい。成し遂げたい事は、一日でも長く生きる事か?
「日銭を稼いで、一日でも長く生きる事かな?」
「それは夢とは言わない。今思いついた願望なんかでも構わない。とにかく、君がしたい事を教えてくれ」
「願望ね……彼女を作りたい、とか?」
「それは何故だい?」
「そりゃ、俺がまだ十代だからさ。青春ってのは十代の内にしかないんだ。堪能しなきゃ勿体ないだろ」
「質問の答えになっていない。君が今言ったのは、十代の内にやりたい事だ。僕が聞きたいのは、何故恋人を作ろうとしているかだ。恋というものは、何らかの感情から派生した想いだ。君が恋を望む元となった感情は?」
まるで病院の先生と話しているみたいだ。こっちが全て説明したつもりでも、更に質問を追加してくる。答えを得るまで、永遠とそれを繰り返す。
恋を望むようになった理由か。俺が恋人を作ろうとし始めたのは、中学生になる前の頃だ。何がキッカケかは分からないが、唐突に俺は寂しさを覚えるようになった。初めの内は水樹が寂しさを埋めてくれていたが、次第に水樹だけでは足りなくなった。
それから、俺は他人と接するようになった。水樹の手助けもあって、何人かと知り合えたが、結局疎遠になって、最後は決まって水樹が俺の傍にいた。繰り返される同じような出会いと結末。
でも、あの女だけは特別だった。黒咲雅。初めて会った時から危険な人物だと察せていながら、俺は彼女から離れようとはしなかった。喜びも、悲しみも、怒りも、痛みも、全て満たしてくれた。黒咲雅が俺を愛していたのか、あるいは単なる玩具扱いだったか。そんなのはどっちでもいい。彼女が俺を必要としてくれた事だけで十分だ。残りの人生を代償にするだけの価値が、黒咲雅にあった。
ルイスの質問の答え。俺が恋人を求めるキッカケとなった感情。
「……寂しかったんだ」
「寂しいなら、友人という選択肢もあるだろう。人の他にも、今の時代は娯楽で溢れている。寂しさを紛らわせる方法はいくらでもある」
「確かにそうだが、恋人は特別だろ? 求めて求められて、互いに価値があるから成り立つ関係だ」
「価値……なるほど理解した。君は恋人を求める理由が寂しさからだと思っているようだが、実際は承認欲求からくる欲望だ。現に君は僕の所へ来て、頼んでもないコーヒーまで持ってきた。少しでも自分に価値があると見せたいから」
「なんだか女々しい奴だな、俺って……」
「ほう。そういう反応か。君は今、僕の一方的な仮定を素直に受け入れた。そしてまるで他人事かのような言葉を口にした。ふむ……」
ルイスは顎に手を添えて、眉間を寄せて深く考えた。その間に、俺はコーヒーを飲んだ。ブラックを買ったから、口の中が苦味で充満している。こんな話をするなら、砂糖とミルクがどっさり入ったコーヒーを買えばよかった。
ルイスにあげた缶コーヒーを見ると、奴は開けてすらいなかった。俺が机に置いた位置から、一ミリも動いていない。前に来た時、コーヒーの香りがしたから買ったんだが、ブラックは好みじゃないのか?
「……君は、シミュレーションゲームをやった経験はあるか?」
「いいや。この見た目で言っても信じられないかもしれないが、俺は人生で一度もゲームをやった事は無い」
「なら、一度体験してみるといい。ゲーム機と作品はこちらで用意しよう。ルミナスに今日中に届けさせておく」
「そんな押し売りみたいに……ちなみに、どんな内容なんだ?」
「恋愛を題材としたゲームだ。恋人を求める君にピッタリだろ? ルミナスから返信が来た。君が帰る頃には、すぐに遊べるようになっている。金の事なら、こちらが全額支払っておく。血液を採取させてくれた返礼品とでも思ってくれ」
そう言うと、ルイスはようやく缶コーヒーの蓋を開けた。コーヒーを口に含んだ瞬間、肩を跳ね上がらせ、床に吐き捨てた。口直しと言わんばかりに、すぐにタバコを吸い始め、眉間を指でグリグリし始めた。
「……これは、一体何だ?」
「コーヒーだよ。飲んだんだから分かるだろ?」
「これのどこがコーヒーだ……! ただ苦味がある水なだけで、何の深みも無い……!」
「百円未満の安いコーヒーと、本格的なコーヒーを比べるな。俺にとっては、これでもコーヒーなんだよ」
「ッ!? 我慢ならん! 僕が今から本当のコーヒーという物を教えてやる! そこで待ってろ!」
ルイスは吸っていたタバコを灰皿に捨てると、車椅子を操作して棚の前へ移動した。棚からコーヒーを作る一式を膝に集め、机の上に置いていくと、豆を挽き始めた。コーヒーに対して確かな情熱を持っているのか、生き生きとしている。
そんなルイスの姿が、俺にとっては凄く輝かしく、羨ましかった。
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