第22話 血液

 ルイスに血液を採取された日から、三日経過しようとしていた二十三時頃。寝床で横になろうとした矢先、携帯に着信が入った。確認すると、着信主の所が不明となっていた。おそらくルイスからの連絡だろう。




 さて、この電話に出るべきか。ルミナスからは連絡に出るように言われているが、正直言って関わりたくない。長年の経験上、ルイスは気軽に縁を繋げて良い相手じゃない。それに関しては、絶対と言える程に確信がある。




 そこまでの自信がありながら、俺が悩んでいる理由はルミナスの存在だ。ルイスと主従関係だという事を考慮しても、それを帳消しにするくらい彼女は美人だ。美人からのお願いに応えないのは、俺のポリシーに反する。あわよくば、ワンチャンス築きたい。




 揺らぎに揺らいだ結果、俺は今、夜の学校に一人で来ている。前に侵入した時と同じように、木から三階の窓に飛び移り、四階のエレベーター前で迎えが来るのを待った。




 それ程経たぬ内に、エレベーターが四階に上がってきた。エレベーターの扉が開かれると、長いスカートをつまんでお辞儀をしているルミナスが出迎えてきた。




「相馬様、お待ちしておりました。ルイス様のもとへご案内いたしますので、どうぞお入りください」




 エレベーターに乗り込み、扉が閉まると、エレベーターが下に動き始めた。俺の前にいるルミナスから香る花の匂いに落ち着きながらも、彼女から感じる妙な暖かさに違和感を抱いた。ほんの少しだけだが、彼女は他の人よりも体温が高く感じる。




 地下に辿り着き、白い通路を進んでルイスの部屋に入ると、この前来たよりも部屋が散らかっていた。机の上には様々な機材や紙切れが乱雑しており、奥の机でルイスが顕微鏡を覗きながら、狂ったように紙に何かを書き込んでいる。




「ルイス様。相馬様がいらっしゃいましたよ」




 ルミナスが手をメガホンのようにしてルイスに呼び掛けるが、反応が無い。今取り組んでいる調べものに、かなり没頭している様子だ。




「申し訳ございません、相馬様。ルイス様は探求心に満ち溢れたお方なので、こうなってしまった以上、作業から手を離そうとはしません。お手数ですが、ルイス様の隣まで行ってあげてください」




 ルミナスは少し困った表情を浮かべつつも、笑顔を浮かべていた。ルイスのもとへ行き、机に置かれている観察記録を手に取って見たが、グチャグチャな文字で書かれていて言語すら分からない。




「……おい、わざわざ来てやったんだ。お茶くらい出せよ」




「実に素晴らしいよ。君は僕の予想以上だ」




「お前会話が下手くそだな……で、何が素晴らしいんだ?」




「この三日、君から採取した血液を調べてみたんだ。調べていく中で、君には化け物じみた再生能力がある事が分かったんだ」




「再生能力?」




「漫画やアニメ、いわゆる創作物に出てくる再生能力とほぼ同じ、あるいはそれ以上の効果だ。様々な薬品を用いて無理矢理枯らした花に、君の血液をほんの一滴垂らしてみた。気紛れから始まったその実験は、僕の探求心では収まり切らない程の結果をもたらした」




 机の上にある物を見ていくと、ルイスが言っていた物と思われる花があった。土から引き抜かれ、机の上に裸で置かれているにも関わらず、枯れる気配がまるでしない。手に持ってみると、人の体温のような温かさが花に帯びていた。




「植物には心があると言われてきた。だがそれを信じ切れないのは、植物が人や動物とは違い、生きているようには見えなかったからだ。君の血液を吸ったその花には、人や動物と同等の生命エネルギーを宿している」




「あー、つまり?」


  


「君の血液は、傷を治す、ではなく、生命を宿すんだ」




「……それが、一体どう凄いんだ?」




「この世界では、未だ解明されていない病や不慮の事故で命を落とす者が多発している。それら全てを救うには、現代の人間ではまだ不可能だ。だが君の血液は、我々人類が何世紀もの長い時間を掛けなければ到達出来ない万能薬だ。君の血液のメリットデメリットを解明出来れば、病や怪我に怯えない明日が来る」




 話の規模がデカ過ぎてついていけない。馬鹿なりに解釈すると、俺の血は物凄い生命力に溢れているって事か。




「じゃあ、お前は俺の血液を調べ尽くした後、どうするんだ? 俺の血液で世界を救うのか?」




「容易に可能だが、それはしない。これは僕が探求し、発見したんだ。僕に所有権があり、何に使うかは僕が決める」




「すっかり自分の物みたいに思ってるようだが、それは俺の血だぞ」




「君では気付けなかった事に僕が先に気付いたんだ。つまり僕の物だ」




「話が通じない奴だな」




「狂人に常識を期待するだけ無駄さ。今日君に来てもらったのは、この調査結果を報告するのと、新たに血液を採取したいからだ。排泄物も欲しい。手っ取り早く身体検査で済ませたい所だが、あいにく機材が無くてね。ルミナスが採取するから、彼女の所へ行ってくれ」 




 そう言うと、ルイスは一言も話さなくなり、今顕微鏡で覗き込んでいる俺の血液に集中し直した。ルミナスの方を見ると、ちゃくちゃくと俺の血液を採取する準備を進めており、足元にはアヒルのおまるが置かれている。




「……本当にやらなきゃ駄目?」




 ルイスに尋ねてみたが、返事は返ってこなかった。拒否すれば済む話だが、純粋に自分の体について知りたい想いもある。それにルイスが言った事が確かなら、俺の血が誰かを助ける力になれる。ルイスは他人の為に使わないだろうが、俺は別だ。




 ルミナスのもとへ行くと、彼女はニコニコと笑いながら、チューブに繋げた針を手に持っていた。俺は服の袖を捲り、彼女に腕を差し出した。血液を採取されながら、次に採取される排泄に恐怖と恥ずかしさを覚えながら。  

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