もう一つの足
第19話 不法侵入
五月十一日。午後二十三時。今日も今日とて九条と組手をした後の事。風呂上りに九条の部屋に遊びに行くと、珍しく九条がテレビを観ていた。番組は廃墟探索を主としたホラー番組であり、有名な怪談師と無名のグラビアアイドル二人が出演している。
部屋にある煎餅の袋から一枚口に咥え、座布団代わりに九条の布団に横になってテレビを眺めた。十分程観続けていたが、まぁなんというか、何も起きない。髭面のオッサンがリアクションや語りを用いて、グラビアアイドルを怖がらせてばかり。そういうホラーなのか?
結局、番組放送中に何か起きる訳もなく、俺も九条も口を開かぬまま番組が終わった。今までの人生の中で、こんなに無駄な時間を過ごした事は無い。でも何故だか、また観たくなるような妙な中毒性があの番組……いや、あの怪談師にあった。
「お前こういうの観るんだな」
「新聞に載ってたからね。【絶倒絶叫恐怖に、あの男が挑む!】って書いてた。てっきり格闘番組かと」
「面白かったか?」
「面白くはないけど……次も観る。それにしても、なんであそこまで怖がれるのかしら? ただ暗い場所を歩いてるだけでしょ」
「それは、まぁ、仕事だから? お前は経験が無いから分からないだけで、意外と人気の無い建物ってのは怖いぞ。てなわけで、行くか」
「何処に?」
「学校さ」
パーカーを羽織り、俺達は学校へ向かった。ここから学校まではニ十分程度。着いた頃には、時刻は丁度ゼロ時。
学校に辿り着き、正門を飛び越えて敷地内に侵入した。辺りは暗闇に包まれており、敷地が広い事もあって、持っている懐中電灯で照らしても先が見えない。
「ねぇ。なんで夜に学校行く必要があるのさ」
「経験の無いお前の為に、夜の恐ろしさを知ってもらおうと思ってさ」
「本音は?」
「肩透かしを喰らった腹いせ。学校ってのは施錠が厳しいものだ。どうせどの建物も鍵が閉まって入れないさ。だが、確認するのは人間だ。人間ってのはミスをする。これだけの規模と建物の数だ。一つくらい入れる所があるはずだ」
当ても無く歩いていき、行き着いた場所の建物を調べていく。予想はしていたが、どの扉も窓も施錠済みだ。今日は運が悪かったかな。
そう思いながら探し続けていくと、とある建物の三階にある窓が開きっぱなしになっているのを見つけた。
「お、開いてんじゃん」
「でも三階よ。まさか飛んでいくつもり?」
「俺が忍者だったらな。ここに木があるだろ? こいつに登って、あそこに飛び移る。この木の枝は太い。余程で無ければ折れやしないさ」
おあつらえ向きの如く、この木から伸びている枝から三階の窓に飛び移れる。先に俺が木を登っていき、口に咥えていた懐中電灯で、後から登ってきた九条を照らす。
「木登りなんて久しぶりにやったわ。良いトレーニングになる」
「そりゃ良かった。そんじゃ、窓の方に明かりを照らしといてくれ。見えなかったら壁にぶつかって頭から急降下さ」
九条に窓を照らしてもらい、枝のギリギリまで足を進めて、ジャンプした。距離を縮め過ぎた所為で、予想よりも高く飛び上がってしまい、顔が壁にぶつかりそうになる。直前で顔を逸らし、壁に顔をぶつけるのを回避すると、無事に部屋の中に侵入出来た。
「オッケー! それじゃあお前の番だ。アドバイスしとくが、あんまり本気になるなよ。チョイと跳ぶだけでいい」
「分かった。チョイね?」
そう言って、九条はチョイと跳んだ。上手く力加減をしており、俺のように壁に顔をぶつけるような跳び方じゃない。
だが姿勢がまずかった。九条の体は窓の手前程で突然急降下を始め、そのまま地面に落下しようとしていた。すんでの所で俺が手を伸ばして九条の腕を掴んだおかげで、事なきを得た。部屋の中に引っ張り上げると、九条は俺に一言も礼を言わず、代わりに俺の頭を叩いた。
「なにがチョイよ。全然チョイじゃないなかったわよ」
「姿勢が悪いんだよ。なんで飛び移ろうとしてるのに、下に落ちるような体勢で跳んだんだよ。重心を考えろよ」
「はいはい、私が悪かった。これでいい?」
「まぁ、いいだろう」
懐中電灯を持ち直し、俺達は建物の探索を開始した。侵入した部屋から察するに、ここは生物学を学べる建物だろう。人体模型や薬品棚、バケツ型の瓶に入った妙な塊。この場所が怖いのは当たり前として、これらを使った授業の内容が全く想像出来ない事が一番怖い。新種のエイリアンでも作ろうとしているのだろうか。
部屋を一通り見て回った後、廊下に出た。非常灯の赤いランプだけが妖しく光る暗い廊下。俺達の靴の音が、暗闇の奥へと反響していく。まるで、暗闇が音を喰ってるかのようだ。
「不気味なものね。陽がある内は人で埋め尽くされてる建物が、不気味な程に静か。う~、なんか寒くなってきたかも」
「良い感じに怖くなってきたな。これで何かが現れてくれれば、面白くな―――」
不意に懐中電灯で階段上を照らした時だった。一瞬の間だったが、青白い肌をした足が見えた気がする。
「どうしたのよ?」
「……イタカモ」
「は?」
「ユウレイ、イタカモ」
「「……」」
俺達は無言で見つめ合い、互いの考えが一致した瞬間、幽霊と思わしき者を追いかけるべく、階段を駆け上り始めた。
どんな人間も、未知の存在への好奇心には逆らえないものだ。
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