第4話 自由な学校

 水樹が晩ご飯を作っている間、俺は食卓の席に座って頭を悩ませていた。テーブルの上に置いてある携帯には、今日俺にメールアドレスを渡してくれた木村沙月さんから送られてきたメッセージ。家に帰って早速メールを送ってみたが、その返事があまりにも丁寧で、自分らしさを貫くか同じように合わせるかで悩む。




 昼に見た姿とメールの文字列から、木村さんは俺とは真反対の人間だと推察出来る。大人しく、争い事を嫌い、自己主張をしない。タロットで言う逆位置みたいなものだ。




 だからこそ、俺は返信に悩んでいる。取り繕わない俺のメールだと、意図していない勘違いが生まれてしまう可能性がある。かといって、敬語まみれの言葉を送っても、堅苦しくなって楽しませられない。




「う~ん。実に難題だ」




「メールの返信でそこまで悩むのはアンタだけよ。さぁさぁ、ご飯が出来たから携帯しまって」




 携帯をポケットにしまうと、俺の前に山盛りの焼きそばが置かれた。ソースが焼かれた香ばしい匂い。茶色一色で彩られた肉とソースが染み込んだ麺。正気の沙汰とは思えない量。文句のつけようのない完璧な男飯だ。




「やっほい焼きそば! 俺、水樹の焼きそば大好き! いただきまーす!」




 焼きそばの山に箸を刺し込み、すくい上げた一玉を口の中に詰め込んだ。口の中が焼きそばで一杯になって、焼きそばの事しか考えられない。噛む度に爆発するソースと肉の濃い味。飲み込むと、焼きそばで充満していた口の中が空虚に包まれ、それが嫌で間髪入れずにまた焼きそばを口一杯に詰め込んだ。




「相変わらず化け物じみた喰いっぷりね」




「んぐ。死んじまった家族の分まで生きないといけないしな! その為には、よく食わねぇと! 食って力を付けるのが人間さ!」




「それで? アンタ何を悩んでたのさ?」




「ん? ああ、実はさ、昼に女の子からメールアドレスを貰ったんだ。大人しそうで眼鏡をかけて、まさに文学女子って感じの子」




「このタイミングで? それで、メールは送ったの?」




「ああ。ただ、その……俺と違って彼女は凄く丁寧な言葉づかいでさ、どう付き合えばいいのか悩んでて」 




「いつも通りでいいじゃない。嘘偽っても、仲良くなればバレるんだし。それに、嘘をつくアンタなんか、私は見たくない」




「んん~、やっぱりそうだよな~」




 水樹に言われて、悩みが吹き飛んだ。嘘の自分を演じるのは俺らしくないし、やっぱり本心真っ直ぐの方が俺らしい。いつだって水樹は、俺の悩みに気付いて、答えに導いてくれる。水樹が俺の幼馴染で良かった。  




 晩ご飯を食べ終え、お互い風呂に入った後、俺の布団で横になっている水樹にマッサージをした。昔から、ご飯を作ってもらった時にするお返しだ。最初は力が入り過ぎて怒られていたが、流れる月日と共に成長していき、今では文句一つも吐かない。




「なぁ、水樹。今更危機感を覚えたんだけどさ、俺って退学にならないの?」




「退学? あー、あれね。大丈夫だよ。あの高校は自由がモットーの学校だから」




「でもさ、もしもだぞ? もし、あの男連中の誰かの親が学校にクレームをつけたら、それ相応の罰を俺は受けるだろ」




「今日見て、体験したでしょ。あそこでは生徒が自由に勉強して、自由に活動出来る。何をしようが何をされようが、それは自由の過程。まぁ要するに、自己責任ってわけ」




「自己責任? 職務放棄の間違いじゃ?」




「あながち間違ってない。あの学校の過去を調べれば分かるけど、とても品行方正とは言えない事件が多く発生している。それでも学校として続けられて、毎年受験者数が多いのは、設備が整った学校で自由に学べるからよ」




 確かに、あんな遊園地みたいな色々あって広い学校なら、どんな人間も学びたい事を学べるだろう。しかし、学校は大人が子供の成長を躍進させて支えるものだと俺は思ってる。大人が駄目な事を駄目と言わないどころか、見て見ぬフリをする場が学校とは思えない。




「俺、入学先間違えたかもな~」




「問題行動ばかり起こすアンタを収監するならピッタリだけどね」




「俺がいつ問題行動を起こしたっていうんだ。売られた喧嘩を買ってただけだし、困ってる人を助けてただけだ」




「その全てを暴力で解決してるから問題行動なの。何度も警察のお世話になって、今じゃお茶を飲んで談笑するほど仲良くなってるもんね」




「あそこさ、面白いおっちゃんがいるんだよ! 茶を淹れてくれる女の人も美人だし! 水樹も連れて行きたいよ!」




「私は前科持ちになりたくないの。将来路頭に迷うアンタを養う為には、私は真っ白でいなきゃ」  




「ママ~、俺ブルドーザーが欲しいよ~」




「ママが免許を取るまで我慢しなさい」




 その後、水樹が自分の部屋に戻ると、部屋の中が静寂に包まれた。車が通り過ぎた音が聴こえてくる。やっぱり寂しさだけは慣れないな。




 布団に寝転がると、さっきまで横になっていた水樹の匂いが残っていた。なんだか水樹がまだここにいるみたいで、寂しさが薄れていく。いつもマッサージをする時、水樹は俺が寝る布団を敷いてまで必ず布団で横になるが、もしかしたら俺の寂しさを紛らわせる為なのだろうか?




「良い奴だな、やっぱり」




 今日もきっと、悪夢を見ないで済む。そう確信しながら、俺は目を瞑った。

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