第3話 青春の味
ホウレン草のパスタなるものを食べてみた。本当は肉料理が食べたかったが、メニュー表に書かれていた料理の中で唯一読めたのがこれだけだった。日本語で書かれてるとはいえ、全てカタカナでどれも聞いた事も見た事も無い単語の組み合わせ。その中で、ホウレン草のパスタと、ある意味で異彩を放っていた。
こういう料理なのか、それとも俺がホウレン草を意識し過ぎている所為か、口の中がホウレン草の味で一杯になっている。麺だけ食べても、絡まっているホウレン草の欠片の主張が激しい。
肉が欲しい。脂たっぷりの肉が。
「似合わない物食べてるね」
水樹が向かいの席に座ってきた。水樹が頼んだ料理は何だろう? 炒飯みたいな米料理だが、色んな具材が米の中に混ざっていて、カレーの匂いとスパイスの匂いが向かいの席に座っている俺の鼻を刺激してくる。
「それ、何?」
「ビリヤニ。まぁアレンジされていて、本場の物とは別物だけど」
「ビリ、ヤニ……え、タバコ入ってんの?」
「ご飯が不味くなるような事言わないでよ。アンタそれ食べ切れるの? 明らかに三口目くらいで止まってるようだけど。交換する?」
「いや、タバコよりはホウレン草の方がマシだ」
「だからタバコじゃないって」
そう言って、水樹はビリヤニなる物を食べ始めた。噛み始めた矢先、水樹は固まってしまい、手に持っていたスプーンを皿に投げ捨てると調理場の方を睨んだ。
「不味い。ここには二度と来ないようにしよう。明日から早速お弁当作るから」
「やった! 俺のは茶色一色でよろしく!」
「それに、ここに来たくない理由がもう一つあってさ。私の後ろの数席先、六、七人で集まってる女子のテーブルが見える?」
顔は動かさず、目だけを動かして水樹が言う女子グループを捜した。俺達が座る席から五席離れたテーブルに、確かに女子グループが座っていた。全員が視線をこちらに向けており、その視線の先は俺ではなく、水樹に向けられている。中でも目立ったのは、普通よりも一回り小さい双眼鏡に付いている棒を手に持った人物。
水樹が女子グループの方へ振り向くと、黄色い歓声がドッと沸き上がり、そこから他の席に座る男女に連鎖して水樹に注目が集まる。
「……まぁ、こんな感じで初日から目をつけられてさ」
「嫌味かよ」
「好きでも嫌いでも、興味無い人間から向けられる視線なんか邪魔でしかないよ」
「俺なんかさっき因縁つけられたんだぞ? 喧嘩には発展しなかったけどさ」
「知ってる。というか、知れ渡ってるよ。ほら」
水樹が差し出してきた携帯の画面を見ると、あの四人組との一部始終が動画で捉えられていた。
「既にほぼ全生徒に拡散済み。時代遅れのヤンキー君として話題になってるよ? 良かったじゃん、顔が知れ渡って」
「コメントが俺ばっかりだな。相手に対する反応が全く無いじゃないか。普通こういうのって、イジメだ最低だって騒ぐものだろ?」
「アンタと比べて薄味だからでしょ。それにしても『確実に一人は表に出れねぇ顔と体にしてやる』って言葉さ、仕掛けられた側が言う台詞じゃないよね」
「喧嘩じゃ啖呵切るのが挨拶みたいなものだろ」
「はいヤンキー君。まぁ喧嘩にならなくて良かったよ。私との約束、もう破ろうとしてるじゃん」
「危ない目に遭わないようにするって約束だろ? 別に危なくないだろ、あれくらい」
「はぁ……私もう行くね。あ、これ食べといて。残して捨てるなんて勿体ない事はしたくないから」
水樹は残したビリヤニを俺のパスタの上にかけて、空になった皿を持っていった。残飯みたいな見た目になった料理を一口食べた。ホウレン草やビリヤニが互いに主張して、よく分からない味になっている。言葉に表すとしたら、虹だ。
「あ、あの……」
聞いた事も無い女性の声が聞こえてきた。顔を上げて見ると、丸眼鏡をかけた文学女子が俺の隣に立っていた。怖がっているのか、紙切れを握っている両手が力んでいる。
「じ、実はあなたに―――え、何この、ご飯? パスタ?」
「どっちもだよ。それで、何か用?」
「え? あ、あぁ、うん……その、こ、これ! どうぞ!」
握っていた紙切れをテーブルに置くと、彼女は突風の如く食堂から出ていった。紙切れを見てみると、そこにはメールアドレスが書かれていて、下側に小さく【連絡してください】とメッセージが書かれている。
これは、脈ありか? いや絶対脈がある! 女の子が男にメアドを渡すって事は、少なからず好意の表れ!! 早速カモがネギ背負ってきた!!!
あぁ、まるで魔法だ。さっきまで口に運ぶのすら苦痛だった残飯が、今では泳ぐかのように口に運ばれていく。味は未だに虹だが、そこに淡い恋愛の始まりが加わって、青空が背景に追加される。
青春の味ってやつかな。
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