第5話 キャッチボール
木村さんとメールのやり取りをし始めてから二日が経った。相変わらず丁寧な文章で送られてくるメールに対し、俺の馬鹿丸だしなメールを送り返す。
一見進展が無いように見えるが、メールが送られてくる頻度が上がっている。今朝のおはようメールから数えて、昼時で七通目。内容はどの科目の授業を受けに行き、その授業がどういった内容だったか。まるで営業会社の報告書のようだ。
内容はどうあれ、やり取りが増えているのは仲が進展していると捉えていいだろう。向こうの俺の評価は分からないが、木村さんに対する俺の評価は今の所上昇しつつある。真面目で賢い女性は、馬鹿な俺にとって関心させられる存在だ。メールの文章に書かれてある言葉の中に、一つも悪い言葉が入っていないのも好印象。きっかり一時間置きに返信してくる所を見るに、これが木村さんの素なのだろう。
やはり見た目より中身。どれだけ美しい容姿を持つ人物でも、中身がその容姿に見合っていなければ宝の持ち腐れだ。それに気付けたのは、中学時代にあの悪女に騙されてたおかげ。水樹のおかげでどうにかなったが、あと一歩気付くのが遅れていれば、俺の体はそれぞれ別の場所に郵送される羽目になっていた。
「そんなわけで、中々上手くいってると思う!」
「頑張れ。それだけよ。はい、アンタの分のお弁当」
俺と木村さんとの仲の進展を水樹は軽く受け流し、俺に今日のお昼ご飯を渡してきた。
「じゃあ、私は行くから」
「え!? 一緒に、食べないのか? ま、まさか……育児放棄!?」
「放棄したつもりもないし、するつもりもないわよ。ただ、今の私は、今のアンタにとって邪魔者でしかないからね」
水樹が顎で指した場所を見ると、弁当が入った袋を両手に持つ木村さんが立っていた。行き交う人々を 見ては、不安そうに俯くを繰り返している。
「たまたま同じ授業を受けてね。アンタと一緒にお昼を過ごしてくれるように頼んでおいた」
「水樹……」
「少し内向的だけど、悪い子じゃないと思う。あんまりガツガツ行かず、ゆっくりとあの子に付き合ってあげなさい」
「いつも気を使わせて悪いな……でも、水樹はどうするんだ? まさか、一人で食うなんて言うんじゃ」
一抹の不安を覚えていると、水樹は鼻で笑い、指を鳴らした。すると、様々な場所から続々と人が集まり、水樹の後ろに列を成した。
「バーイ」
水樹は撫でるように俺の頬を指で払い、数十人の生徒を引き連れて去っていった。三日でこれなら、一年後には軍隊が出来そうだな。
気を取り直し、俺は木村さんのもとへ歩いていった。
「木村さん」
「あ……そ、相馬君……」
「えっと、その……お昼、だけどさ」
「う、うん。星野さんから、一緒にって……」
「うん。その、何処で食べようか?」
「……人が少ない、場所が良いな」
「じゃあ良い場所を知ってるよ。少し暗いけど、人目につかないよ」
「……うん。分かった」
メールでのやり取りは慣れてきたけど、実際に面と向かって話すと、やはり会話が不慣れになってしまうな。
俺は木村さんを連れて、天文学の教室に行ける階段に来た。ここの階段だけ、真下にスペースがあって、覗き込まれない限り隠れられるようになっている。二人なら十分にスペースがあるし、昼時にここの階段を使う人は滅多にいない。
木村さんは隅っこに収まるように座ると、弁当が入った袋を床に置いた。俺も向かい側に座り、水樹から渡された弁当を開く。二段式の弁当箱の上側には唐揚げのみがギュウギュウに詰められており、下側には白米がギュウギュウに詰められている。まさにシンプルイズベスト。
木村さんの弁当の中身も見てみると、小さい弁当箱に白米と卵と野菜が入れられている彩り豊かな物だった。性格だけでなく、弁当の中身も対極とは。相性が良いんだか悪いんだか。
「……相馬君のお弁当」
「い、いや~、俺って好きな物を好きなだけ食べたい男でさ! だから茶色一色になっちゃうんだよね~!」
「そ、それも凄いけど……そのお弁当、星野さんが?」
「え? そうだけど?」
「星野さんと相馬君は、どういう関係なの?」
「幼馴染。いや、それどころじゃない。簡単に例えられる関係じゃないな。俺が今こうして、木村さんと一緒に弁当を食べられるのも、水樹がいたからだ」
「……羨ましいな」
そう呟くと、木村さんは弁当を食べ始めた。羨ましいって、どういう意味だろう? 話の流れからして、おそらく水樹に対してだと思うが、根本が分からない。
あぁ、そういう事か。木村さんも水樹の唐揚げが食べたいんだな。木村さんの弁当には肉類が無いし、余計魅力的に見えたんだろう。少し勿体ないが、これからの更なる発展の為に譲ってあげよう。
「木村さん。俺達は知り合ってまだ日が浅いし、遠慮してしまうのは分かるよ。でも、遠慮しないでほしい。俺はどんな本心でも受け止めるからさ」
「相馬君……」
「まぁ、他人と関わる上で、本心っていうのは時に最悪を招く。だから多少の嘘をつく。でも、それを続けていく内に、嘘の言葉しか吐けなくなってしまう。関係を壊したくなくて、嫌われるのを恐れて」
「……嘘、か」
「まぁ要するに、気楽に接してくれ! さっきも言ったように、俺はどんな本心だって受け止められるさ! セーブ率百パーセント!」
「……相馬君、他の人達が言ってた印象と違うね。みんな相馬君の事、その、不良だって言ってたから」
「他人からの評価なんて偏見と憶測だらけさ。面と向かって本心をぶつけ合う事で、ようやくそいつが分かるってもんだ! 手始めに、俺の優しさを見せつけよう!」
俺は箸で唐揚げを一個掴み、木村さんの弁当に乗せた。優しさを見せつけると言っておきながら、最後まで箸を持つ手が震えてた自分が意地汚い。
木村さんは唐揚げを箸で掴むと、恥ずかしながらも豪快に噛り付いた。
「……フフ。凄く美味しい」
「そっか! じゃあ、俺も食べるとするか!」
それから、俺達は弁当を食べながら、時折会話を挟んだ。談笑とまではいかなかったが、木村さんの笑顔が崩れる事はなかった。
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