第2話 菓子パンとお弁当
「はいおとめ!」
そう言ってお菓子を差し出すと、山本君は食べようとしていたお米を箸から落としてポカンとしていた。場所は屋上、お昼休みの出来事だった。
「乙女?どうゆう意味や?」
なんとか平静を取り戻した山本君は食べかけの弁当を床に置いて怪訝な顔をしている。あれー?
「ネットで調べたんだけど、山本君の実家の方でお礼のことおとめって言うんじゃないの?この前傘に入れてくれたお礼。」
それを聞いて山本君は合点が言ったと言うように頷いた。
「ああ!おとめか。礼は礼じゃがおとめっちゅうんはお使いした子供にやる駄賃のようなもんで…しかも使うんはもうジジババだけじゃ。礼は…ありがとう、もろうちょく。」
彼は少し照れたようにお菓子を受け取った。よかった!受け取ってくれないかもと実は少しドキドキしていたのだ。
「ねえねえ、お昼ご飯一緒に食べていい?」
「ええけんど…」
やった!とばかりに私は彼の隣に座り込んでバリッと菓子パンの袋を開けた。すると山本君がじーっとこちらを見ている。
「?どうしたの?」
「…おまん、昼飯それか?」
「菓子パン?そうだけど」
「…もっとマシなもん食え。成長期ながやき」
そう言われても、親は共働きで弁当を作ってくれとは言いづらいし、自分で朝早く起きて作るのはなかなか骨が折れる。困って黙り込んでしまうとため息をついて山本君が言った。
「明日、弁当箱持ってきい」
「へ?」
「わしが作っちゃる。一人分も二人分も変わらん」
「え!?そんな悪いよ!ていうかそのお弁当山本君の手作りなの?!」
驚いて食べかけのお弁当を覗き込むと卵焼き、お浸し、プチトマトに俵おにぎり、唐揚げと要点を抑えつつバランスのいいお弁当だった。
「じょ、女子力高すぎ…こんな立派なお弁当余計もらえないよ!」
「誰が女子じゃ。いいや許せん、わしの目の黒いうちは菓子パンなんぞ昼飯にはさせん」
ど、どうしよう。何かお礼ができるだろうか?考えに考えて、一つ提案した。
「時々、お菓子作ってきたらお礼になる?」
「菓子?手作りのか?」
「う、うん。あ!手作りが嫌ならスーパーで買って…」
「ありがとう!わし甘いもん好きながよ!」
いつもはほんの少し怖い顔の山本君がニカッと笑って言った。不覚にも、可愛いと思ってしまった自分がいた。
二日後、山本君が初めてお弁当を作ってきてくれた。なんだか緊張して蓋を開けると、そこには楽園が広がっていた。まず食べやすそうな一口サイズの俵おにぎり、おかずは鶏肉の甘辛煮にチーズのベーコン巻き、シャキシャキのレタスとプチトマトだった。私は知らずごくりと唾を飲み込んだ。
「す、すごい…ありがとう!ほんとありがとう!」
「拝みな!まあ、悪い気はせんけんど。そんなことはいいき食べや」
「は、はい!いただきます!」
感動に打ち震えるままに俵おにぎりから食べると、なんと梅肉入りだった。驚いて目を白黒させていると山本君が心配そうに覗き込んできた。
「梅嫌いか?ちゅうか先にアレルギーとか聞いとかんといかんかったな、すまん」
「ん…ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけで、アレルギーとかはないから。美味しいよ!」
彼は朝からこの一口サイズのおにぎりにちまちま梅肉を塗っていったのだろうか。山本君のちょっと怖い顔と共にその作業を思い浮かべるとなんだか微笑ましい。本当にありがたいことだ。おかずにも手をつけて美味しい美味しいと言って食べると山本君も安心したのか自分の分を食べ始めた。そういえば、と私は気になったことを聞いてみた。
「山本君俵おにぎり好きなの?」
「…なんでじゃ」
「前も入ってたから」
「…うちのばあちゃんが、わしが子供の頃よう弁当に入れてくれたがじゃ。やき弁当に俵おにぎりが入っちょらんと寂しゅうていかん」
「そうなんだ!思い出の味なんだね」
話しながら食べるとまもなくお弁当は空になった。
「ご馳走様でした」
「お粗末さま」
「いいや!最高でした!」
「慣用句や!わかるやろ!」
今度は私の番だ。ゴソゴソと手荷物から保冷箱を取り出して彼の前に置く。
「どうぞお納めください」
「商人か!」
突っ込みながら彼は蓋を開けて目を輝かせた。
「プリン?いや、パンナコッタやな」
「うん!すごい詳しいね」
「言うたやろ、甘いもん好きながよ。出してええか?」
「もちろん!」
二人でパンナコッタを取り出してスプーンで食べる。彼の様子を伺うととても幸せそうに甘味を召し上がっておられた。これは作り甲斐がある。毎日は無理だが、ちゃんと時々は作ってくることにしよう。私はそう心に誓った。
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