漫才『ヤクト・ドーガ』二人用

AB:はい、どーも!


A:俺たちさ、コンビ結成してからけっこう経つじゃん。


B:そうだね。


A:そんな相方に折り入って相談があるんだけど。


B:なんだよ急にかしこまっちゃって。どうせくだらない悩みなんだろ? 言ってみろよ。


A:そろそろ相方を替えようかなって思ってるんだよね。


B:今、俺はとんでもねえ現場に居合わせてるってことだけは理解したわ。え? 俺はクビってこと? もう候補はいるの?


A:言ってもお前じゃ分かんないかもしれないけど、ヤクト・ドーガと組もうと思ってる。


B:聞き間違いじゃなければスルーしてほしいんだけど。……ヤクト・ドーガって、ガンダムの劇場版に出てきた、あのモビルスーツだよね?


A:お前が何と勘違いしてるのかよく分からないけど、逆襲のシャアでギュネイが乗ってたやつね。


B:聞き間違いじゃねえんだ。……え、つまり俺は、実在しない架空のロボットに相方として負けたってこと?


A:逆に勝てる部分があると思ってるの? 身長とか体重とか。


B:そこで張り合っても人類じゃ勝てねえんだよ。20メートルくらいあるんだから。あんな奴にツッコミされたら、体が無くなっちゃうぞ? 文字通り。


A:そういうところだよね、お前の悪いところって。――俺が何か提案したら、すぐにそうやって否定から入る。そのせいで話が無駄に長引くわけでしょ? その点ヤクト・ドーガはお前とちがって、ドンと構えてるわけだから、話がスムーズに進むわけじゃん。……相方としてどちらが優秀か、これでハッキリしたよね?


B:……ぐうの音も出ねえわ。でもさ、なんでガンダムじゃなくて、ヤクト・ドーガなの? 相方にするうえでの知名度ならガンダムの方が上だろ?


A:え? じゃあガンダムなら良かったの?


B:良くねえよ?


A:じゃあ別にヤクト・ドーガでも問題ないよね? それにヤクト・ドーガは遅刻もしないし、煙草も吸わない。車の免許を持っていないお前とちがって、何処へでも行ける。


B:宇宙でも戦えるしな。…………でもよ、ヤクト・ドーガってアニメに出てくる架空のロボットじゃん。お前、どうやって相方にするんだよ。いいか、もっかい言うぞ!? 架空のロボットだぞ?


A:いや、ロボットだから相方に出来ないなんて、差別的だと思う。


B:俺が言いたいのはそっちじゃねえんだわ。……いやそっちもだけど。――まずさ、ヤクト・ドーガって映像の中でしか存在していないでしょ? そんな架空の存在でしかないものが、どうやって漫才をするの。


A:じゃあ例えばさ、ダウンタウンの浜田さんとか、オール阪神はんしん師匠とか、お前はテレビで観たことあるよな?


B:あるけど、それがなんだよ。


A:でも、実際に会ったことは?


B:……ない。


A:でしょ? じゃあ浜田さんも阪神師匠も、同じじゃん。お前にとっては「映像の中の存在」でしかないわけじゃん。でも彼らは漫才をしている。つまり、ヤクト・ドーガだって漫才が出来てもおかしくないわけじゃん?


B:ヤクト・ドーガは劇中で漫才してねえからな? 俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、架空の存在だから物理的に無理があるって話なの。一休さんだって「屏風びょうぶから虎が出て来ないなら縛れません」って言ってただろ。殿様に。


A:つまりお前は、俺に「一休さんを超えてみろ」って言いたいの?


B:ひとことも言ってねえよ。画面から引っ張り出して、自分の相方にする手段を持っているのかって話! それが出来ねえなら俺だってヤクト・ドーガに席を譲ることはできねえよ。


A:なるほど、お前はロボットに仕事を奪われることを恐れてるってわけだ。


B:まさか漫才師のツッコミ担当に、その危機が訪れるとは思ってなかったけどな。


A:お前の言うとおり、画面から引っ張り出すことは俺にだって出来ないよ。


B:そりゃそうでしょ。


A:そんなことが出来るなら、俺はとっくに浜田さんや阪神師匠を引っ張り出してるから。……でもあの人達は、お前にとっては「画面の中の架空の存在」だとしても、この世界のどこかに確かに存在している「人間」じゃん?


B:別に俺は、あの人達が実在する可能性を否定してねえけどな? サンタさんじゃねえんだから。


A:でもヤクト・ドーガは違う。ヤクト・ドーガは人間ではない。人間ではないなら、俺が作ってしまえばいいわけだ。言ってる意味、わかる?


B:最初から1ミリも分かんない。……ってか、お前にあんなでかいロボットなんて作れるのかよ? 大阪おおさか万博ばんぱくのガンダムですら動かねえってのに。


A:そこは大丈夫。「つくってあそぼ」はずっと録画してたし、でんじろう先生の動画も欠かさず観てるし、それに小さい頃からミニ四駆もいっぱい作ってきたから。


B:……技術者のかがみだな。金はどうするんだよ。あんなバカでかいロボット、ハリボテでもすげえ材料費だからな?


A:それも問題ないよ。近所に1玉4円で借りて遊べる不思議なゲーム屋さんがあるんだけど、その玉を無限に増やして稼ぐ自信があるから。


B:足りるわけねえだろ。そんな端金はしたがねで。あとパチンコを変にオブラートで包んだ言い方すんな。


A:大丈夫、トータルでは勝ってるから。


B:それいつも負けてるやつが言うんだよ。ついでに言うと、技術も知識も全然足りてねえからな? 仮に完成したとして、どこにあんなもん置くんだよ。


A:そういえばお前ん家、一戸建てだったよな?


B:言っとくけど、庭なら絶対に貸さねえよ?


A:まじかよ……。そこの許可を貰えないのは想定外だったわ。


B:ヤクト・ドーガの材料費になるくらい稼いでるなら土地くらい探して買えよ。……それに、知ってるか? あんなバカでかいものを作ろうと思ったら、俺の家の庭どころか、いろんな許可が必要になるからな?


A:……ジオン軍とか?


B:都知事とか! それに一応兵器なんだから、国の許可もたぶん要るぞ? 絶対ぜってぇ下りねえだろうけど。……動かすのだって、道路の使用許可が要るだろうしさ。


A:その前に、富野とみの監督の許可が要るだろ。


B:……安心したよ。お前に少しでも原作者へのリスペクトがあって。


A:でもさ、そう考えると日本の法律って、モビルスーツを作るやつが現れることを想定してたってことだよな?


B:まあ、法治国家だからな。ここまでクレイジーなやつは想定してねえけど。でも、その他もろもろの許可が取れたとしてだ。あんなでかいもん、どうやって劇場に運んで漫才するんだよ。都内がてんやわんやになるぞ?


A:お前そういえば、交通誘導員のバイトしてたよな?


B:言っとくけど、交通整理は絶対にやんねえぞ? 何が哀しくて、自分の仕事を奪ったモビルスーツを運ぶために都民にペコペコ頭を下げなきゃなんねえんだよ。もし誘導員がいても、そもそも劇場にヤクト・ドーガは収まらねえだろ。


A:東京ドームなら大丈夫じゃないかな?


B:あそこ借りる金あんのかよ? あるよな! そうだよな! ヤクト・ドーガ作れる資金があるんだから!


A:これで場所の問題は解決できたから、あとはヤクト・ドーガを作るだけだね。


B:いや、ちょっと待て。ネタはどうするんだよ。


A:ネタ? ……あ~。


B:いつも一緒に作ってるじゃん。俺がいなくなったら全部ひとりでやんなきゃいけねえんだぞ?


A:ひとりじゃないよ。ヤクト・ドーガもいるんだから。


B:喋んねえし鉛筆も持てねえだろ。あれは、誰かが乗ってやっと「ひとり」としてカウントできるんだから。


A:じゃあやっぱ無理か。完成したらお前に乗ってもらおうと思ってたんだけど。


B:…………ちょっと乗りたい。


AB:どうも、ありがとうございました!

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